野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
一場靖弘を偏愛する“ヤクルト芸術家”
「ながさわたかひろ」を知ってるか?
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byYu Terayama
posted2011/03/06 08:00
ながさわたかひろ氏を京橋のギャラリーにて撮影。昨シーズンのヤクルトの全144試合分の銅版がズラリとその周りを囲んでいる
昨季の“メークミルミル”は版画に込めた魂のおかげ!?
だが、熱意が通じたのか、球団の広報担当者が「カードは私どもの方で責任を持って選手までお届けします」と約束を交わしてくれた。その日からながさわのヤクルト戦観戦と銅版画づくりの日々がはじまる。しかし、チームは波に乗れず、作品も楽天時代のように納得できるものができない。
5月26日、交流戦8連敗と最悪の状態で迎えた東北楽天戦は、移籍以来はじめての古巣との対戦。「楽天へと戻ってしまうのでは」という不安を抱えていたが、心に響くのはヤクルトの選手たちのプレー。自身がヤクルトファンであることの確信を得るが、悲劇は試合後に待っていた。
「高田監督が辞任してしまいました。ショックでした。なぜなら、それまでに僕が魂を入れてちゃんと描いていればヤクルトも上昇していたかもしれない。反省しました。そして、本当に選手として魂を込め、描かなければと今まで以上に打ち込むことにしたんです。すると、“メークミルミル”がはじまりました。たまたまだと思いますが、そうなると俺がやるしかねぇ!って気持ちになりました」
それまでは遠慮して描かなかったヤクルトの負け試合も、敗因となったシーンを銅版に描き球団へと手渡した。捨てられてもいい。それが少しでも何かの役に立つ可能性があるのなら。ながさわは作品を描き続けた。
全144試合を「僕も一緒に戦いました!」と胸を張る。
10月10日、144試合目のカープ戦で小川監督、青木、志田、ユウキを描き完走すると、ご褒美はシーズン後に待っていた。
11月の秋季キャンプ。球団が坊っちゃんスタジアムの会議室にすべてのカードを展示することを許し、そこにサインが入るよう選手を呼んできてくれたのだ。自分の描いたカードに登場する選手のサインが次々と書きこまれていく。
エース石川はサインと一緒に「心を1つに」という言葉を書きこんだ。
ある選手が送り人知らずのまま、手渡されていたカードの主を知り「あのカードは君だったのか」と微笑みかける。
大きな声でながさわは答えた。
「僕も一緒に戦いました!」