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1位は横浜でも大阪桐蔭でもなく…プロ野球で成功した打者「どの高校出身が多い?」1000安打達成の出身校ベスト12を発表「2位タイに九州の名門公立校」
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岡野誠Makoto Okano
photograph byJIJI PRESS
posted2026/08/20 11:02
夏は出場ならずも今年春のセンバツ甲子園を制した大阪桐蔭
驚いた…大阪桐蔭・西谷監督の“挨拶”
早実も地元・東京の巨人、毎日、ヤクルト、中京商(中京)も地元・愛知の中日に入っている選手が目立つものの、大半は自由競争時代の話である。ドラフト制が施行された後、横浜高の選手が地元球団に請われ、1000安打を打ったのは実力と運が噛み合ったと言える(多村はソフトバンク移籍後に達成)。
同じく2位タイには、大阪桐蔭が名を連ねた。近年は根尾昂(中日)などが伸び悩んでおり、「プロで大成しない」と囁かれているが、長い目で見れば1000安打を6人も輩出している。
「一度、頂点に登った高校は大変です。ずっと優勝し続けるのは無理なのに、負ければ『大阪桐蔭は終わった』と烙印を押されてしまう。今年のセンバツで西谷浩一監督にお会いした時、『お久しぶりです』と言われました。たった1年、甲子園から遠ざかっただけなのに……と思いました」(杉本氏)
「圧巻の1位」PL学園
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全盛期と比べて甲子園への出場が減少し、メディアやSNSでの評判が下がると、選手が集まりづらくなる。その中で、PL学園は1978年夏に初優勝して以降、数十年に渡って高校野球の盟主を担い、プロでも大活躍する選手を生んできた。
「中村順司監督の指導力もさることながら、スカウティング能力が高かった。井元俊秀さんが全国津々浦々を歩き回って、いい選手を獲得してきました」(杉本氏)
井元はPL学園の1期生。62年春、監督として同校を初めて甲子園に導いた。その後、スポーツニッポンの記者を経て、69年にPLのスカウトに就任。史上4校目の春夏連覇を果たした87年の主将・立浪和義はこう話している。
〈当時のPLには間違いなく『編成力』がありました。各学年だけでなく数年にわたってチームが機能していくように、各ポジションごとにバランスよく選手を勧誘していたと思います。(中略)私は他の学校に進学することも考えていたんですが、井元先生に声を掛けていただき、PLに進むことを決めました〉(2024年8月29日号/Number)
1000安打を放った328人に対し、出身高校数は233校に上った。その中で、PL学園が頂点に立った。
では、「出身高校」でなく「出身地」で見た場合、どのようなランキングになるのか。5位は東京、4位は千葉で……。
〈つづく〉
