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「ウインク、バズってるよ」に思わずツッコミ…仙台育英“史上初の女子部員”が甲子園で感じた世間のリアルは? それでも「面白いな」と思えたワケ
posted2026/10/01 11:04
今夏の甲子園で大きな話題を呼んだ仙台育英の星よつは(3年)。イレギュラーな注目を本人はどんなふうに受け止めたのだろうか?
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph by
Hideki Sugiyama
甲子園球場で星たちが青春を燃やす。
その一球、その一打、その献身。自己証明を果たさんとばかりに高校球児はグラウンドを駆け回り、声を張り上げる。
今年の夏。仙台育英の星よつはは、そのなかでも特殊なきらめきを放ったひとりだった。
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人々は“初物”に異常な関心を寄せる。男性社会が根強い高校野球で言えば、「女性」がいまだにクローズアップされてしまう。
本来ならば、彼女たちはすでに色物を超えた普通の存在であるべきなのだ。それは、歴史がすでに証明しているはずである。
1996年夏。大会初日に登場した東筑の三井由佳子を皮切りに、9人の女子部員が記録員としてベンチに入った。2008年のセンバツ前の甲子園練習では、華陵の高松香奈子が初めてユニフォーム姿で甲子園球場の土を踏んだ。23年センバツの21世紀枠で出場した城東の永野悠菜は、試合前にノッカーとしてバットを振った。そして、昨年の夏には佐賀北の家永そらがボールパーソンを務めた。
すでにこれだけの「女性初」がいるだけに、星も自分の立場を当たり前だと思っていた。
「今までもいなかったわけじゃないじゃないですか。自分としてはいつも通りやっていただけで注目されると思っていなかったので、びっくりという感覚なんですけど」
注目を集めたワケは…「名門校初」という驚き
星が衆目を集めたのだとすれば、「名門校初」という立ち位置にあるのかもしれない。
47回の甲子園出場を誇り、22年夏の日本一が記憶に新しい仙台育英には、90年以上もの野球部の歴史で女性の在籍はなかった。
その重き扉を開けた部員が、同校OBで元プロ野球選手の星孝典の娘であり、伝統の「IKUEI」が刻まれた、グレーを基調としたユニフォームをまといベンチにいる――。メディアからすれば、それだけで十分な「見出し」になるし、世間もそこに食いつくことは自明の理とも言える。

