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「あの夜、人生が変わった」26歳で阪神を戦力外→そこから15年も現役を続けた左腕の〈大逆転人生〉 正田樹が語る「2度の戦力外と3度の解雇…その先に」 

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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photograph byTomosuke Imai

posted2026/08/12 11:05

「あの夜、人生が変わった」26歳で阪神を戦力外→そこから15年も現役を続けた左腕の〈大逆転人生〉 正田樹が語る「2度の戦力外と3度の解雇…その先に」<Number Web> photograph by Tomosuke Imai

現在は東京ヤクルトスワローズの投手コーチを担う

 2度の戦力外通告と3度の解雇。3カ国を渡り歩いて、決して恵まれた環境ではない独立リーグでも投げ続けてきた。42歳まで現役を続けた原動力はなんだったのか。

「野球をしたい、という自分の気持ちに正直なだけだったんですけどね。野球以外の道というものが、その都度その都度自分の選択肢にはなかった。大きく言えば野球が好きということなんでしょうけど、試合そのものだけではなく、そこへ向かっていく準備も自分にとってはすごくやり甲斐があって喜びを感じるものでした。全てが財産。全てが今に繋がっていると思っています」

「新生ヤクルト」の投手コーチとして

 現役引退後、2024年からヤクルトの二軍投手コーチをつとめ、今季からは一軍のブルペン担当を任されている。

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「一番気を遣うのは、選手のコンディション面ですね。自分も若い頃、怪我で投げられない時期もありましたから、選手の状態を細かく見ながらケアの大切さや準備という部分では経験したものを伝えていければと思います。

 指導者としては、選手に寄り添いながらも、自分も一緒に成長していけるような関係が理想。あの日、台湾の開幕戦で絶望した自分が背中を押してもらったように、選手が何か困った時、大変な時に一言かけてあげられるような存在でいたいなとは思いますね」

 甲子園の真ん中で両腕を突き上げたあの夏から27年。紆余曲折を乗り越え歩んだ野球人生は今なお、豊かな彩りを加え続けている。〈前編も公開中です〉

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