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「ノモを訪ねるように」石井浩郎二軍監督からの指令にキョトン…若き日の西武・栗山巧が“伝説の人”から得たもの「現実味があるとはまったく…」
posted2026/09/26 11:02
引退セレモニーで野茂英雄(左)から花束を受け取る栗山巧
text by

栗山巧Takumi Kuriyama
photograph by
Kiichi Matsumoto
西武一筋25年。球団生え抜き選手初の2000本安打を達成した“ミスターレオ”栗山巧が、惜しまれつつ引退した。打撃の神髄を追い求め続けた競技人生。そのすべてを振り返った著書『獅子貫徹 ライオンズ一筋25年、理想の打撃を追い求めて』(KADOKAWA)から一部転載し、ご紹介する。《全3回の1回目/第2回、第3回も公開中》
3年目の2004年。僕は二軍で打率3割3分をマークすることができました。
そして9月24日の大阪近鉄バファローズ戦で、僕はついに一軍デビューを果たしました。
デビューは観衆4万8000人の歴史的一戦
9番左翼手、スタメンでの出場でした。
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その試合は、プロ野球の歴史の中でも特別な一戦でした。
その年限りで球団が消滅することが決まっていた近鉄にとっての、本拠地最終戦だったのです。4万8000人ものファンが、大阪ドームに詰めかけていました。内外野の自由席は、すべて無料でファンに開放していました。
ただ正直、そういった球場の雰囲気については、あまり覚えていません。
このチャンスを何としても活かしたい。その一心でした。
ボテボテでもいいから、ヒットが1本出れば、きっと来年につながる。
春のキャンプから一軍に呼ばれる。そう思っていました。
7回、第3打席。

