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「ぐちょっ」「ぐちょっ」激痛に悶え病院直行…西武一筋25年で引退の栗山巧が明かすプロ初満塁弾の裏側「あんなに辛かったことはあとにも先にも…」
posted2026/09/26 11:03
引退セレモニーで胴上げされる栗山巧
text by

栗山巧Takumi Kuriyama
photograph by
Kiichi Matsumoto
一軍で活躍するために「まずは打撃」と思っていた。
一方で「いつかは守備の課題に直面する」ということも頭の片隅にあり続けた。
打撃で一定の評価が得られたからこそ、守備に向き合う段階にたどりつけたとも言えます。今思えば、すべて前向きに進んでいるととらえられます。実際に、がむしゃらにボールを追い続ける中で、少しずつ捕球の感覚が変わってきていた。ただ、それでもやはり、焦りや不安はありました。打撃に比べると、上達ぶりを数字に表しにくいところもある。
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「いったい、どこまでやったら一軍に戻れるのだろう」
そんなふうに思うこともありました。
救いになったのは、二軍打撃コーチの田邊さんの一言でした。
守備に必死になっている僕に「二軍なんだから、4割打つんだぞ」と命じたのです。
今思えば、僕が落ち込まないための配慮だったのだと思います。
真夏のノック「本当にきつかった」
たった数か月で守備がトップレベルに達するはずはない。それは監督・コーチも分かっていたはずです。目標が遠く、手応えを得にくい課題に向き合い続ける。その難しい取り組みの中で、僕の気持ちが落ちてしまわないように気遣ってくださったのです。
また、田邊さんは、あえて打撃で高い目標を設定することで、僕の打撃に対する期待が変わっていないことを示してくれたような気もします。もし田邊さんにも「とにかく守備。守備がうまくなるまで一軍に上げない」と言われていたら、僕は守備に本気で向き合えなかったかもしれません。
8月、炎天下の西武第二球場。河田(雄祐)さんのノックは続きました。
もちろん、夏場の内野のノックも大変です。でも、走り続けることを求められる外野ノックは、本当にきつかったです。
「これなら不安なく捕れる」
少しずつ、手応えが得られ始めた8月下旬、僕は再び一軍に呼ばれました。
1番右翼手として先発出場した復帰戦。

