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脳腫瘍で味わった絶望「28歳で寝たきりになるんかよ…」“奇跡のリリーバー”盛田幸妃の復活秘話「脳の一部が失われ…野球は困難」なぜ一軍に戻れたのか?

posted2026/05/30 11:22

 
脳腫瘍で味わった絶望「28歳で寝たきりになるんかよ…」“奇跡のリリーバー”盛田幸妃の復活秘話「脳の一部が失われ…野球は困難」なぜ一軍に戻れたのか?<Number Web> photograph by JIJI PRESS

脳腫瘍から奇跡的なカムバックを果たし、2001年のオールスターで登板する盛田幸妃

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松永多佳倫

松永多佳倫Takarin Matsunaga

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JIJI PRESS

25年前、脳腫瘍を患いながらカムバックを果たして“奇跡のリリーバー”と呼ばれた投手がいた。右打者の内角を抉るシュートで落合博満を手こずらせ、酒とタバコをこよなく愛した前時代的な野球人は、2015年に45歳でこの世を去った。生前に本人が語った言葉と、壮絶な闘病生活を支えた妻の証言から、盛田幸妃の波瀾万丈の生涯を追った。(全5回の3回目)※文中敬称略

動かない体「28歳で寝たきりになるんかよ…」

 脳腫瘍だと宣告されても「2週間で復帰できるだろ」と楽天的に考えていた盛田幸妃に対して、担当医師は予後の厳しい見通しを告げた。

「手術をすれば治るといった簡単なことではありません。野球をするのは極めて困難ですし、麻痺が残ってもゴルフができるくらいで良しとしないと……」

 それでも盛田は「医者の話は大袈裟に言うもんだからな」と本気にしなかった。

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 盛田を襲ったのは「髄膜種」。脳全体を覆う安全カバーの役割を果たす髄膜の一部分に、腫瘍ができてしまったのだ。脳腫瘍の手術は、腫瘍が大きいほど摘出が困難になる。盛田の腫瘍はゴルフボール大に膨らみ、左脳の運動野と呼ばれる部分を圧迫していた。そのために右足を激しい痙攣が襲っていたのだった。

 手術は1998年9月に行われた。手術室に入ったのは午前8時20分、出てきたのは21時過ぎ。予定時間を大幅にオーバーする、約13時間にも及ぶ大手術だった。

 術後、麻酔が切れかかったときに看護師から「足を動かしてみてください」と言われた盛田は、恐る恐る力を入れた。足も腕も動いた。「こりゃすぐ歩けるな」と思っていたが、翌朝になると、足も腕もまったく動かない。開頭手術の影響で一時的に動かなくなると説明があったが、腕まで動かなくなるとは聞いていない。顔の腫れは時間が経つにつれ元に戻ったが、右手は1週間経っても動かなかった。

「こりゃ、手術失敗したんじゃねえのか。28歳で寝たきりになるんかよ。家のローンとかどうすればいいんだよ……」

 盛田の心は一気に不安で押しつぶされた。1998年の年俸は1億円ほどで、5勝した時点で「給料上がるな」と皮算用を立てていた。FA権を取得したら、どこか好きなところへ行こうと考えていた矢先、28歳で寝たきり? 話が違うじゃねえか。行き場のない怒りとフラストレーションが溜まっていった。

【次ページ】 リハビリ中も気が乗らない日はパチンコに

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