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ツバメのさえずり日誌BACK NUMBER
「あの夜、人生が変わった」26歳で阪神を戦力外→そこから15年も現役を続けた左腕の〈大逆転人生〉 正田樹が語る「2度の戦力外と3度の解雇…その先に」
posted2026/08/12 11:05
現在は東京ヤクルトスワローズの投手コーチを担う
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
Tomosuke Imai
1999年、夏。甲子園を制した大型左腕には、波瀾万丈な野球人生が待っていた。ドラフト1位指名、新人王、2度の戦力外通告に3度の解雇……。現在はヤクルト投手コーチとして活躍する正田樹さんにその野球人生を振り返ってもらった。〈全2回の後編/前編も公開中です〉
◆◆◆
甲子園優勝投手から日本ハムへドラフト1位入団。新人王獲得という絶頂を経て、阪神へのトレード、戦力外通告と波乱の道のりを歩んできた正田樹投手。しかし、その野球人生はまだ終わらなかった。
「人生が変わった。あそこで生まれ変わった」
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そう表現する運命の分岐点は、栄光と挫折のさらに先にあった。
「自分は助っ人」初めて実感した“立場”
プロ9年目の2008年10月、阪神から戦力外通告を受けた正田は、12球団合同トライアウトに参加。しかしNPB球団からのオファーは届かず、焦れるような日々を過ごしていた。最後に声がかかったのは、台湾プロ野球リーグ。翌2009年1月に台湾に渡って興農ブルズ(当時)のキャンプに参加し、開幕直前の3月からチームに加わった。
「9年間プロ野球で過ごしてきて初めて戦力外を経験して、トライアウトでも声がかからずもう日本ではプレーできない。その時に声がかかって、自分としては単純に投げられる場所を求めて行ったつもりでした。
でも実際には、自分の立場は“助っ人”なんですよね。チームに入って、他の外国人選手が実力を出せずクビになっていく姿を目の当たりにして初めて、その厳しい立場を実感しました」

