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「あいつ、男いるんじゃねえのかな」子どもじみた嫉妬も…45歳で逝った“破滅型の野球人”盛田幸妃はなぜそれでも愛されたのか? 妻に遺した最期の言葉

posted2026/05/30 11:24

 
「あいつ、男いるんじゃねえのかな」子どもじみた嫉妬も…45歳で逝った“破滅型の野球人”盛田幸妃はなぜそれでも愛されたのか? 妻に遺した最期の言葉<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

評論家として横浜スタジアムを訪れた盛田幸妃(2012年)。腫瘍は再発、転移を繰り返していたが、暗い顔は見せなかった

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松永多佳倫

松永多佳倫Takarin Matsunaga

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Sankei Shimbun

25年前、脳腫瘍を患いながらカムバックを果たして“奇跡のリリーバー”と呼ばれた投手がいた。右打者の内角を抉るシュートで落合博満を手こずらせ、酒とタバコをこよなく愛した前時代的な野球人は、2015年に45歳でこの世を去った。生前に本人が語った言葉と、壮絶な闘病生活を支えた妻の証言から、盛田幸妃の波瀾万丈の生涯を追った。(全5回の5回目)※文中敬称略

「あいつ、男いるんじゃねえのかな」

 2013年2月中旬、沖縄キャンプ取材に来た盛田幸妃は、「内臓は胃袋から鍛えないと」と時代錯誤なことを嬉しそうに発しながら那覇の街を闊歩した。4軒はしごして最後のおでん屋にたどり着く。そこで盛田は野球談義を肴にビールをまたガブ飲みした。結局、朝方まで二人でしこたま飲んだ。

 ようやく重い腰を上げて、盛田は宿泊先のホテルに戻るため右足を引きずりながら国道58号線沿いを歩く。スピードを上げて行き交う車のエンジン音をBGMにたわいもない話をしていると、唐突に妻・倫子(ともこ)のことを口に出した。

「あいつ、男いるんじゃねえのかな」

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 ぼそっと呟きながら、「お前じゃねえよな」と本気とも冗談ともつかない口調で突っかかってきた。私はこの時点で倫子と面識がない。意味がわからず、「そんなわけないじゃないですか」とそもそもの疑念自体を全力で否定してあげると、盛田は行き交う車のエンジン音に塗れながら、安心したように笑っていた。

「鹿部、帰るか」父の問いかけに「うん」

「寅さんが大好きで、入院中にもDVDで観てました。見終わると、私のことを『おい、さくら』って呼ぶんですから(笑)。友だちが柴又で買ってきてくれたお守りをずっとつけていて、最後棺に入れてあげました。キャラは違うけれど、自由人という部分では似ていたのかもしれないですね」

 2026年4月、兵庫県明石市。倫子は、在りし日の夫を思い出しながら笑った。

 1998年に脳腫瘍を発症してから死去するまでの17年間、いや、1995年に結婚してからの20年間。妻として盛田に寄り添い、共に闘った。

 手術4回、転移12カ所、骨折9回、尋常では考えられない状態であり、最後の8カ月はほぼ寝たきりになった。

【次ページ】 「俺が死んだ後に、いかにいい人だったか気づくんだ」

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