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「このままじゃいけない」群馬県勢初の甲子園優勝→日本ハムドラ1左腕の苦悩…阪神へ電撃トレード、戦力外通告の先に待っていた「信じられないドラマ」

posted2026/08/12 11:04

 
「このままじゃいけない」群馬県勢初の甲子園優勝→日本ハムドラ1左腕の苦悩…阪神へ電撃トレード、戦力外通告の先に待っていた「信じられないドラマ」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

桐生第一高校のエースとして群馬県勢初の甲子園制覇に導いた

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佐藤春佳

佐藤春佳Haruka Sato

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 1999年、夏。甲子園を制した大型左腕には、波瀾万丈な野球人生が待っていた。ドラフト1位指名、新人王、2度の戦力外通告に3度の解雇……。現在はヤクルト投手コーチとして活躍する正田樹さんにその野球人生を振り返ってもらった。〈インタビュー全2回の前編/後編を読む〉

◆◆◆

 1990年代最後の夏。甲子園を席巻し全国4096校の頂点にたったのは、185cmの大型左腕だった。今では考えられない4日連続となる登板も含め、決勝まで6試合で708球を投げ抜き、桐生第一高校を初の大会制覇に導いた。

 堂々とした体躯で速球と大きく割れるカーブを操り、マウンド上でも表情ひとつ変えないエースらしい様は、全国から注目を集めた。群馬県勢として初の甲子園制覇だったこともあり、特に地元の盛り上がりは熱狂的だった。一躍ヒーローとなった遠いあの夏のことを、正田樹は懐かしそうに振り返る。

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「ただひたすら甲子園を目指してやっていて、その先には自分のプロへの道が拓かれるだろうと思っていました。もともと全国での実績というのはそこまでなかったので、夏の大会前はプロ志望か大学進学かで迷っていました。とにかく甲子園での結果が大事だと考えていたのですが、始まってみればあれよあれよという間に勝ち進んで行った感じでした」

駅のホームは溢れかえり、線路沿いにも…

 深紅の大優勝旗を手に東海道、上越新幹線を乗り継いで高崎駅に到着。さらに乗り継いで桐生駅へ向かうJ R両毛線の駅のホームには、出迎えの人が溢れかえっていた。それだけではない。沿線では線路沿いに人が集まり、選手たちが乗っている電車に手を振っていたという。

「本当に凄かったです。甲子園が決まった時の出発時と、帰ってきた時では全く景色が違っていました」

【次ページ】 甲子園優勝→ドラ1…知られざる苦悩

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