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ツバメのさえずり日誌BACK NUMBER
「あの夜、人生が変わった」26歳で阪神を戦力外→そこから15年も現役を続けた左腕の〈大逆転人生〉 正田樹が語る「2度の戦力外と3度の解雇…その先に」
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph byTomosuke Imai
posted2026/08/12 11:05
現在は東京ヤクルトスワローズの投手コーチを担う
「本当に終わってしまう」襲いかかる恐怖
即戦力として期待を受けた正田は、開幕戦のLa Newベアーズ戦での先発を任された。しかし、お披露目となるマウンドで立ち上がりから4安打3四球を許し7失点。1イニングすらもたず、1アウトを取っただけで交代を告げられた。その夜、失意の正田に言い知れない不安と恐怖が襲いかかった。
「本当に自分の野球人生は終わってしまうんだ、と。今思い出しても人生のなかで一番怖い時間でした。たった1人で本当に部屋から出られないくらい、追い込まれていました」
リベンジの機会は、中5日で同じLa Newベアーズ戦での先発。これが助っ人左腕に与えられたラストチャンスのマウンドであることは明白だった。
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「周りの選手たちも、“どうせあいつはクビだろう”みたいな雰囲気で……。追い込まれてどうしようもなくなっている時に、コーチ(蔡重光投手コーチ)が自分に声をかけてくれた。当時は中国語も分からず言葉は通じなかったけれど、とにかく大丈夫だから、自分を信じて頑張ろう、というようなことを必死になって伝えてくれました」
全てをかけて挑んだマウンドで…
一筋の光を信じて、正田は大炎上から6日後の4月4日、先発マウンドに上がった。ただ必死に腕を振り、目の前の打者に集中した。全てをかけて挑んだ登板は、6回無失点、7奪三振。その日から新しい野球人生が始まった。チームの先発ローテーションを担い、27試合登板とフル回転。シーズンが終わってみると14勝6敗、115奪三振で最多勝利、最多奪三振のタイトルを獲得した。
「あの時、また打ち込まれていたら普通に野球を終えていたかも知れません。もういいや、となっていたかも。でも、あそこでクビがつながったことで自分自身に火がついた。せっかく投げられる場所ができたのに、途中で帰るわけにはいかない。
厳しい環境に身を置いたことで本当の意味で危機感を持って、自分自身と向き合ってひたすら野球に取り組みました。少しずつ結果が出てくると自信も湧いてきて、そこから好循環が生まれた。火がつくのが少し遅かったかもしれないですけど(笑)」


