博多の人・王貞治BACK NUMBER

30年前「衝撃の事件」はここで起きた…福岡ダイエーホークス・王貞治“最大の屈辱”の現場「日生球場」跡地は今どうなっているのか 

text by

喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

PROFILE

photograph byJIJI PRESS

posted2026/07/10 11:04

30年前「衝撃の事件」はここで起きた…福岡ダイエーホークス・王貞治“最大の屈辱”の現場「日生球場」跡地は今どうなっているのか<Number Web> photograph by JIJI PRESS

往時の日生球場。1996年、ここで行われた近鉄対ダイエー戦で大事件が

 専門店やフードコートが立ち並び、スポーツジムや医院も併設され、ボルダリング専用の壁もある。バッティングセンターのあった場所は、珈琲店に変わっていた。その店の前の通路の先に「BASEパーク」と名付けられた吹き抜けの広場があった。

 人工芝の上に、ホームベースとピッチャーズプレートが白く塗られている。その距離は18.44メートル、球場のバッテリー間と同じ距離とのことだが、往時の写真と比べてみると、日生球場時代のマウンドや本塁の位置が再現されたものではなかった。

 その場所だけが、野球場があったという確かな“名残”だった。

30年前、衝撃の事件の現場

ADVERTISEMENT

 3階のフロアは、1周約300メートルの人工芝のトラックが設置されている。うち2レーンはランニング専用、大外の1レーンは歩くことができる。

 私は、かつての日生球場の写真をスマホの画面に映し出すと、阪神高速の位置と写真を合わせながら、その大外の歩行用レーンを、森ノ宮駅のある方に向かって歩いてみた。当時の位置関係が、おぼろげながら見えてきた。

 右斜め前方に立体駐車場がある。このあたりがバックスクリーンの位置だろう。

 だから「生卵事件」と呼ばれる30年前の『暴動』は、そこで起こったのだ。

つづく

#8に続く
「出て来て謝れ!」「辞めろ!」王貞治に投げつけられた“生卵”…球史に残る大事件はこうして起きた「すごい屈辱ですよ、世界の王に対して」
この連載の一覧を見る(#1〜12)
#12
「ダイエーは経営が苦しくなっていたのに…」王貞治ホークス“雌伏の4年間”にまかれていた種とは「僕を、見捨てなかったということだよね」
#11
「もう、辞めて東京に帰ってこい」悪夢の屈辱…悩める王貞治はなぜダイエーに踏みとどまったのか?「王さん辞めさせるなら、君が辞めなさい!」
#10
「普通、そんな考えにならないですよ」生卵を投げつけられた王貞治がチームに伝えた衝撃の“神発言”とは…「彼らには、良心があったんだよ」
#9
「僕ら選手は『くそーっ』と思っているのに…」ホークス王貞治は恥辱の“生卵事件”をどう語るか「ただのファンなら、卵なんか投げないんだよ」
#8
「出て来て謝れ!」「辞めろ!」王貞治に投げつけられた“生卵”…球史に残る大事件はこうして起きた「すごい屈辱ですよ、世界の王に対して」
#7
30年前「衝撃の事件」はここで起きた…福岡ダイエーホークス・王貞治“最大の屈辱”の現場「日生球場」跡地は今どうなっているのか
#6
「優勝? えっ? みたいな雰囲気で」王貞治ホークス苦難の船出…響く怒声「君たちは、負けて悔しくないのか!」それでも王は“優勝”と言い続けた
#5
「バカ野郎、俺が勝っても何ともならん」ダイエーは負けても負けても「これでいいんだ」!? 剛腕でチーム再建へ、根本陸夫監督の“深謀遠慮”とは
#4
「俺が監督の間は勝たん。そして俺の次がワンちゃん(王貞治)だ」ダイエー新監督がいきなり明かした驚愕の策…「ON対決をやる。それしかない」
#3
「もう、ロッテは断れ」「神戸には、熱がない」ダイエーはなぜ南海を買収し、なぜ福岡を選んだのか…福岡ダイエーホークス誕生の“内幕”
#2
「この人は何を言っているんだ、と」1993年、王貞治が仰天した“現監督からの就任要請”…「東京、大阪もあった」オファーからホークスを選んだ理由
#1
「王さんは、ジャイアンツの在籍をもうホークスで超えた」“巨人・王貞治”から“博多の人・王貞治”への32年…屈辱のスタートと苦難の道のりとは

関連記事

チェックを入れてボタンを押すだけ
Google検索
Number Webを見つけやすくする
BACK 1 2 3
#福岡ダイエーホークス
#福岡ソフトバンクホークス
#王貞治

プロ野球の前後の記事

ページトップ