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「最初は七分丈ズボンでゲレンデに…」“雪なし県”沖縄出身の少年が…なぜスキージャンプの代表コーチに?「中学で初めて雪を見て」からの“異色の履歴書”
text by

雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKeigo Amemiya
posted2026/02/16 11:15
ミラノ・コルティナ五輪で女子ジャンプ競技のヘッドコーチを務める金城芳樹。「雪なし県」沖縄出身という異色の経歴を持つ
南国から北国へ。家のドアを開ければ、外には一面の雪景色が広がっている。新鮮な生活に高ぶる気持ちとは裏腹に、体の方は環境の激変にすぐには対応できなかった。雪だるまを作る。熱を出す。外で遊んではまた熱を出す。
「最初の1カ月は毎週のように熱を出してました。インフルエンザとかではなかったので体がついていかなかったんだと思います(笑)」
当然のことながらスキーの方も一筋縄ではいかない。
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少年団に入ってもまずはまともに滑れない。同学年の子どもとはレベルが違いすぎるので、一緒に練習するのは小学生。それでも後れを取っているぐらいだった。
七分丈ズボンでゲレンデデビューした金城は、滑るよりも先に飛ぶことを覚えた。
「滑れるようになるよりジャンプの方が簡単じゃんって思ってました。ジャンプはまっすぐ滑って飛ぶだけ。ターンとかしなくていいので」
周囲は「こいつ、いつやめるんだろう」と…
本当はその「滑る」がジャンプでも大事なのだが、そのことに金城が気づくのはしばらく先のことだ。
「あとで聞いたら、周りの人たちは『こいつ、いつやめるんだろう』と思っていたみたいです。みんなうまい選手たちだったので、本当に遠い背中をずっと追いかけている感じでしたから。ただ、途中からは周りを意識するよりも、何も気にせずに自分だけにフォーカスして練習してました」
金城には目標があった。あの日見た大倉山のジャンプ台を飛ぶこと。ただ飛ぶだけでなく、K点まで飛んでみたい。しかも、それを中学生のうちに達成しなければいけない。悠長にしている暇はなかった。
小さなジャンプ台から始まり、1シーズン経つ頃には宮の森のノーマルヒルを飛べるようになった。そして中3の夏、ついに大倉山での初フライトに辿り着いた。
「飛んでみるか? 行けるか?」
「飛びたいです」
高いゲートからスピードをつけたジャンプは、K点までは届かなかったものの100mは超えられた。金城がK点越えの目標を達成するのは高校に入ってからである。

