オリンピックへの道BACK NUMBER

「返事はいい内容ではなかった」五輪前の大ケガ、心配するショーン・ホワイトに平野歩夢が返した“メッセージの中身”…元王者が語ってきた“アユム・ヒラノ像”

posted2026/02/16 06:05

 
「返事はいい内容ではなかった」五輪前の大ケガ、心配するショーン・ホワイトに平野歩夢が返した“メッセージの中身”…元王者が語ってきた“アユム・ヒラノ像”<Number Web> photograph by Nanae Suzuki/JMPA

ハーフパイプ決勝を終え、平野歩夢と会話するレジェンド、ショーン・ホワイト

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

photograph by

Nanae Suzuki/JMPA

 試合の場に立てたことが奇跡的だった。

 スノーボード男子ハーフパイプの平野歩夢は、大怪我を負ってからひと月も立たない中、ミラノ・コルティナ五輪の試合に出場し、7位入賞を果たした。

 怪我から復帰しての最初の実戦となった予選後、平野をハグし、「ありがとう」と称えた人がいた。ショーン・ホワイト(アメリカ)だ。2006年トリノ、2010年バンクーバー、2018年平昌五輪の金メダリストであり、その他のシーンでも牽引してきたレジェンドは、平野と競いつつ、平野に対して、折々にリスペクトを含んだ言葉を惜しまなかった。

ADVERTISEMENT

 あらためてホワイトが平野について語ってきた言葉を振り返ってみたい。

3人で撮った記念写真

 幼少期からスノーボードを始めた平野歩夢は、2006年のトリノ五輪で金メダルを獲得したショーン・ホワイトに憧れ、今日へと至る道を歩き始めた。

 2008年、大会に出場するためにホワイトが来日した際、平野の兄も含めた3人で撮った記念写真は、これまで何度かメディアでも取り上げられている。そこにいる平野の心底うれしそうな笑顔も、ホワイトへの気持ちをよく示していた。

 平野は瞬く間に成長し、2011年12月、13歳のときに国際大会で初めて選手同士として顔を合わせることとなった。

 当時のホワイトは、トリノ、バンクーバー五輪を連覇、スーパースターとしての地位を確固たるものにしていた。この大会でもホワイトは優勝。平野は28位で終えている。

 13歳で出場したこと自体もインパクトを与えたが、成績をもって強烈に印象付けたのは14歳で出場した2013年1月の「X GAMES ASPEN」だった。ここで2位となり、X GAMES史上最年少でメダルを獲得したのだ。

【次ページ】 平野歩夢14歳に「ほんとうに誇りに思います」

1 2 3 4 NEXT
#平野歩夢
#ショーン・ホワイト

冬季スポーツの前後の記事

ページトップ