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「スポンサー撤退」「行き場を失い駐車場で」ロコ・ソラーレ旋風の陰で…カーリング女子フォルティウスは逆境をどう乗り越えたか「100年続くチームに」
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石川仁美(Number編集部)Hitomi Ishikawa
photograph byJIJI PRESS
posted2026/02/12 06:01
2021年、北京五輪へ繋がる日本代表決定戦。ロコ・ソラーレに敗れたフォルティウスはチーム解散の危機を迎えていた
小笠原は当時のリリースで、「北京五輪やその後のチームを考えた時、次世代のチームを今から構築していく必要があるという答えが出ました」との言葉を残し、チームを去った。フォルティウスのさらなる成長を願ってのことだった。
創設メンバーの小笠原の大きな決断に応えるように、残ったメンバーはこう誓った。
「チームを大事にする」と。
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この誓いは、その後のチームを大きく支えることになる。コロナ禍で活動がままならなかった時、そして、チーム存続の危機に陥った時も――。
「精神的にWパンチ」五輪の夢が消え、スポンサー撤退
フォルティウスが最大の苦境に陥ったのは21年9月、北京五輪へ繋がる日本代表決定戦直後だった。翌年に銀メダルを獲得するロコ・ソラーレ相手に、あと1勝に手が届かず敗れた。さらに長年のメインスポンサーだった北海道銀行から、将来の五輪を見据えて若い選手を育てるため、契約終了することを告げられた。
その時のことをセカンドの近江谷杏菜は「突然だったわけではなく……」と、こう振り返る。
「『次回のオリンピックまでは支援するけれど、その後は次世代の選手の育成を考えています』という話は、北海道銀行さんからされていたので、すごく驚いたわけではありませんでした。ただ、代表決定戦に敗れてすぐのタイミングだったので精神的にダブルパンチみたいなところがありました」
競技者として続けていくのか、退いてチームのサポートにまわるのか。当時メンバーだった若い2選手は道銀への移籍を決めたが、残された吉村紗也香、小野寺、近江谷、船山弓枝の4人はしばらく答えを出すことができなかった。時間を見つけては話し合い、時には日付が変わることも、行き場を失って駐車場の車内に集まることもあった。そんな中で、メンバーに共通していたのは消えない競技への情熱、そしてフォルティウスの名前を残したいという思いだった。
「小笠原さんと船山さんの思いが込められたチームなので。険しい道にはなりそうだけど、続けて行きたい、このメンバーで何がなんでも這い上がっていきたいなっていう気持ちでした」(小野寺)
「100年続くチーム」としての覚悟を
小笠原への誓いに立ち返ったメンバーは、10月にカナダでのグランドスラムで再スタートを切った。合言葉は「オリンピックで金メダル」だ。スポンサー0の状況から、雇用してくれる企業やチームのスポンサー探しと、チーム総出で取り組んだ。クラウドファンディングでは、目標額の770万円を大きく上回る1095万円が集まった。
そして日本選手権を勝ち抜き、25年9月、ミラノ・コルティナ五輪へ続く日本代表決定戦へと辿り着く。

