オリンピックPRESSBACK NUMBER
「スポンサー撤退」「行き場を失い駐車場で」ロコ・ソラーレ旋風の陰で…カーリング女子フォルティウスは逆境をどう乗り越えたか「100年続くチームに」
posted2026/02/12 06:01
2021年、北京五輪へ繋がる日本代表決定戦。ロコ・ソラーレに敗れたフォルティウスはチーム解散の危機を迎えていた
text by

石川仁美(Number編集部)Hitomi Ishikawa
photograph by
JIJI PRESS
ミラノ・コルティナ五輪カーリング女子日本代表となったフォルティウス。現ナショナルコーチの小笠原歩が2002年に立ち上げたチームは、「チーム青森」という名称で06年トリノ大会、10年バンクーバー大会に出場した。そして2011年に「北海道銀行フォルティウス」となってからは14年ソチ大会で5位入賞を果たすなど、カーリング界を牽引する存在だった。
しかしここ10年は、逆境が続いた。
ロコ・ソラーレの活躍を彼女たちはどう見ていたのか
2015年の日本選手権で優勝したものの、ロコ・ソラーレや中部電力の躍進もあり、五輪へと繋がる17年の同選手権は4位。フォルティウスは18年平昌大会への道が断たれてしまう。
ADVERTISEMENT
その一方で、急速に力をつけたのがロコ・ソラーレだった。
16年世界選手権で銀メダル、18年平昌五輪では日本初となる銅メダルを獲得し、日本カーリング界の顔はするりと入れ替わった。試合の休憩時間に果物などの軽食をほおばる姿が「もぐもぐタイム」と注目され、メンバーが話す「そだねー」というのんびりした北海道弁は、同年の新語・流行語大賞の年間大賞にも選ばれ、新たな「カーリング娘」として世間の話題をかっさらった。
ロコ・ソラーレは全員が北海道北見市出身。フォルティウスのメンバーも多くが同郷で、サードの小野寺佳歩にとって、ロコ・ソラーレの鈴木夕湖と吉田知那美は常呂中の同級生だ。よきライバルであり、親友――。切磋琢磨してきた仲間の活躍を、希望と悔しさが入り混じった気持ちで見つめていた。
「ロコ・ソラーレのメンバーは、ジュニアの頃から今まで、ずっと一緒にカーリング界を盛り上げてきた大事な存在です。でも、やっぱり……オリンピックの活躍を見ていると、負けていられないという気持ちになりました。彼女たちがこんなに活躍できるのであれば、自分たちもという思いがどこかありました」
チームの顔である小笠原が去り…
カーリング界では4年に一度の五輪のサイクルでチームの再編が行われる。フォルティウスも例外ではなかった。オリンピックの熱が冷めやらぬ18年6月、チームの顔とも言える小笠原が退団する。22年北京五輪出場へ向けてリスタートしていた矢先の出来事だった。

