NumberPREMIER ExBACK NUMBER
「今はこの幸せに浸りたい」絶対王者・羽生結弦を襲った“死闘の物語”「前人未到の五輪二連覇はいかにして成し遂げられたのか」
posted2026/02/14 17:00
2018年の平昌五輪は怪我を抱えながら金メダルを獲得した羽生結弦。フィギュア男子選手の連覇は66年ぶりだった
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Kaoru Watanabe / JMPA
発売中のNumber1137・1138号に掲載の[絶対王者が築いた時代]羽生結弦「内なる理想を追い求めて」より内容を一部抜粋してお届けします。
「今はこの幸せに浸りたい」
3つのオリンピックを駆け抜けた。羽生結弦が銀盤に描いた軌跡は、まるで長編の物語のようだった。
始まりは2014年、ソチ大会。
19歳で初めて大舞台に挑んだ。ショートプログラムは『パリの散歩道』。圧巻の演技で史上初の100点超えとなる101.45点をマークしてトップに立つと、翌日のフリー『ロミオとジュリエット』では序盤のジャンプでミスがあったものの、そのまま崩れることなく立て直す。
ADVERTISEMENT
この大会で金メダル最有力と目されていたのは、前シーズンまで世界選手権を3連覇していたパトリック・チャンだった。その絶対王者に4.47点差をつけた羽生は、日本男子初の金メダルを手にする。
東日本大震災で練習拠点を一時失うなどの困難を乗り越え、掴みとった栄冠。'12年春には仙台から羽ばたき、カナダ・トロントへと拠点を移した。その全てが実を結んだ瞬間だった。
「今はこの幸せに浸りたいと思います」
セレモニーを終えた羽生は、そんな言葉で頂点に立った喜びを語った。しかし同時に、その目は先へと向けられていた。
「全力を尽くしましたけど、最高のパフォーマンスはできなかった。その点に関しては悔しいと思っています。また4年後もあります。日々精進していきたいです」
五輪で金メダルを獲得してもなお、自身のスケートに満足せず、さらなる理想を追い求める。それが、羽生結弦という選手の真髄だった。
死闘のはじまり
そして、五輪をめぐる死闘とも言える物語は、ここから幕を開けた。
ソチ五輪で味わった悔しさを晴らすように、羽生の滑りには一段と磨きがかかっていった。それは大会の成績に、演技の内容に明確に表れた。
'15-'16シーズンのNHK杯では、ショートプログラムにおいて自身が持つ世界最高得点を更新し、フリーでも史上初の200点台をマークした。総合得点は、これも史上初の300点台となる322.40点で、圧倒的な強さを見せての優勝だった。その勢いは止まらず、わずか2週間後のグランプリファイナルでは、全スコアで再び世界記録を更新する。
'16-'17シーズンにはグランプリファイナル4連覇を達成。世界選手権でもショートプログラム5位からの大逆転劇を演じ、3年ぶりに優勝を果たした。
ときには怪我やアクシデントも乗り越えながら、来る大舞台に向けて順調に歩みを続けた。
しかし、平昌五輪直前にその道のりは暗転する。
【続きを読む】サブスク「NumberPREMIER」内「何でもできると思っていた自分が…」羽生結弦が追い求めた“内なる理想”とアイスリンク仙台から受け継がれた物語《佐藤駿、千葉百音がミラノ五輪へ》で、こちらの記事の全文をお読みいただけます。
Number1137・1138号「日本フィギュアの煌めき。トリノからミラノ・コルティナまで」*書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

