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浅田真央“伝説のソチ五輪”で起きた「スケート靴アクシデント」じつは過去にもあった“環境の不備” …ミラノ五輪で物議“緊急事態”を救ったある男性

posted2026/02/12 17:13

 
浅田真央“伝説のソチ五輪”で起きた「スケート靴アクシデント」じつは過去にもあった“環境の不備” …ミラノ五輪で物議“緊急事態”を救ったある男性<Number Web> photograph by JIJI PRESS

ソチ五輪フリーを終え、涙を流す浅田真央

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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JIJI PRESS

アメリカとの大接戦を経て、価値ある銀メダルを獲得したフィギュア団体の日本チーム。しかしその表彰式で起きた“スケート靴の刃こぼれ”は、多くの選手に影響を与える事態となっている。

フィギュアスケート選手にとってブレードの異変はどれほどの一大事なのか。しかも類似の問題は、今でも「伝説」として語り継がれる浅田真央のソチ五輪でも起きていた――。長年取材を続けるスポーツライターが、「前代未聞のアクシデント」を独自目線で解説する。〈全2回の後編〉

◆◆◆

 表彰台の不備による“刃こぼれ”という今回のアクシデントに、すぐさま思い起こす出来事もあった。2014年ソチ五輪でのことだ。

 このとき、浅田真央がショートプログラムで失敗が相次ぎ、16位と予想外の順位に終わった。それでも迎えたフリーでは渾身の演技で挽回した大会として、多くの人に強く記憶されている。

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 だがじつは、浅田が試合を迎えるにあたり、調整で難を抱えていた。

 アルメリアのリンクが日本代表選手の練習拠点として確保されていて、団体戦と女子シングルの間が長い日数空くことから浅田も利用したが、氷上は錆のようなものが散らばっていてクリーンではなく、滑るうちにエッジが削れた状態になっていったという。

「プレッシャー? 違いますよ」

 それを受けて、指導にあたっていた佐藤信夫コーチが手作業で応急措置をとり、試合に臨んだ。ただ、迎えたショートプログラムは16位に終わった。

 浅田自身は練習環境についてひとことも触れることはなかったが、浅田のブレードのメンテナンスを、当時も含めて長年にわたり手がけ、当時の状況を知る小塚崇彦の父は、こう語っている。

【次ページ】 日本チームの緊急事態を救った“ある男性”

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