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「ジャンプはオリンピックしか観られていない…」小林陵侑が4年前に明かしていた“危機感”「やっぱり、飛ぶのが楽しいから」

posted2026/02/10 17:01

 
「ジャンプはオリンピックしか観られていない…」小林陵侑が4年前に明かしていた“危機感”「やっぱり、飛ぶのが楽しいから」<Number Web> photograph by Getty Images

ジャンプ男子のエース、小林陵侑

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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Getty Images

 ミラノ・コルティナ五輪、ジャンプ男子個人ノーマルヒルで8位に終わった小林陵侑。連覇を逃すも、競技後にライバルを称え、テレビインタビューでは吹っ切った表情で「またビッグジャンプ見せられたらいいな」という言葉を残した。その冷静さは前回五輪、金メダルを獲得した瞬間も同じだった――。
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「そうですね。この4年間いろいろありましたからね」

小林陵侑の歩み…前回金メダル獲得まで

 2022年北京五輪の金メダル獲得までの4年間の出発点となったのは、2018年の平昌五輪だった。当時、決して注目を集める存在というわけではなかった。2016-2017シーズンのW杯最高順位が33位だったし、五輪シーズンに成績を上げてようやく掴んだ代表だった。

 だが大会では、ノーマルヒル7位、ラージヒル10位と日本勢最上位の成績をおさめる。それまでの成績からしても、周囲が「健闘」と評価したのも当然だった。

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 でも小林にとっては、そうではなかった。世界一になった今、最初のオリンピックをこう表現する。

「無力さを知った場所でした」

 もてる力を発揮できたという実感はあった。だからこそ、力を出しきってもその順位でしかない自分の立ち位置を痛感し、メダル争いをする世界のトップジャンパーたちとの差を感じた。打ちのめされた。

 そこが出発点になった。海外の選手のフォームも研究しつつ、スタート、助走、踏み切りと、技術と感覚を追求した。

 その成果はすぐさま表れた。'18-'19シーズン、W杯で歴代2位となる13度の優勝を飾り、総合優勝を遂げたのである。欧州以外の選手では史上初の快挙だった。

平昌五輪で「無力さを感じた」

 だが、そのまま順風満帆というわけにはいかなかった。翌'19-'20シーズンも上位争いをする一人ではあったものの総合3位。'20-'21シーズンは序盤から二桁順位が続き、後半巻き返したものの4位。さらに2年に一度の世界選手権ではノーマルヒル12位、ラージヒル34位にとどまった。

【次ページ】 北京五輪までの期間で「自分も変化した」

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