箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
“寄せ集めチームの奇跡”2004年の日本学連選抜は箱根駅伝に何を残したのか?「地方や国公立大の選手にも光を」今も続く絆「これ、当時の襷なんです」
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小堀隆司Takashi Kohori
photograph bySankei Shimbun
posted2026/01/30 11:34
2004年の第80回箱根駅伝。アンカーの片岡祐介を中心に歓喜を分かち合う日本学連選抜のメンバーたち
ゴール後の大手町では、寄せ集めの彼らが一つの輪になってこの6位相当を喜んでいた。まるで優勝したかのような大騒ぎだった……。
「地方や国公立大の選手にも光を」
あれから早20年以上の月日が流れた。
記憶にはそれぞれ濃淡があり、印象深い思い出のシーンも異なる。ただ一致しているのは、この地方の大学にまで広げた日本学連選抜チームを、一度限りの機会で終わらせてほしくないという思いだ。
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中川は言う。
「いま振り返っても、あの時のチームって理想に近いんですよ。お互いがリスペクトしあっていて、自分で考えて、自分で調子を上げてこられた。仲間を認めていたからこそ、あんなにもゴール後に盛り上がれたんでしょうね。ずっと自分がやらなきゃと思って、空回りしながらもキャプテンをやって、正直どこかで陸上に対する失望感のようなものがあったんですけど、この箱根があったおかげで失望せずにすんだ。実業団で活躍できたのは、選抜チームでの学びがあったからだと思ってます」
京産大を卒業後、中川は実業団のスズキなどで活躍した。高校時にはスカウトにもかからないレベルだったが、大学で長足の進歩を遂げたのだ。大器晩成という言葉があるように、遅咲きの彼らが80回大会で演じたドラマはじつに痛快だった。
念願叶って、実業団の大塚製薬に進んだ片岡もこう話す。
「関東の大学の選手と話すと、やっぱり彼らは恵まれているんですよ。僕らは食事も自炊だし、シューズももちろん自腹。たとえ出雲駅伝に出ても、授業が出席扱いになるわけでもない。でも、だからこそ自分で工夫して、自分で強くなる方法を見つけるんです。そういう地方や国公立大の選手にもね、もっと光が当たると良いなと思いますね」
地方の大学に進むのは、実力が足りなかったケースだけではない。スカウト網にかからなければ、いくら力を秘めていても箱根への道にはつながらない。経済的な理由や家庭の事情などで、やむなく地方にとどまる学生もいることだろう。
たとえ実力があっても、地方の大学にいるかぎり、箱根を走るチャンスはない。関東以外の地区の学生が箱根を走ったのは、あの年が最後だ。「記念大会ごとに日本学連選抜チームが組まれるかもしれない」という噂は、いつのまにか立ち消えとなって今に至る。

