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「NBA選手を5人輩出する」BリーグとNBA提携から1年…河村勇輝に続く”新たな成功モデル”とは?「25歳は遅い」日本バスケが若手流出を恐れない理由
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宮地陽子Yoko Miyaji
photograph byNaoki Morita/AFLO SPORT
posted2026/01/25 06:00
東海大を中退し、横浜ビー・コルセアーズとプロ契約を結んだ河村勇輝。Bリーグの制度をフル活用して、NBAデビューを果たした
それにしても、なぜリーグを挙げて、そこまで「外」を目指すのだろうか。
背景にあるのは、創設時から掲げる「世界に通用する選手を育てる」という理念だ。リーグの強化育成を統括する黒田祐は、自身もプロ選手の経験があり、日本のバスケットボールが世界に届かなかった時代を知る一人だ。それだけに、島田慎二チェアマンが掲げた「5人」という数値目標を前向きに受け止めた。
「世界で通用する選手を出したいというのは、Bリーグ開幕当初からの理念です。僕自身のライフワークとしても、NBA選手を育てたいという思いがありました。島田さんが明確に数値目標を出されたことは、リーグの強い意志の表れだとポジティブに捉えています」
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正直に言えば、目標発表当時は「大風呂敷」のようにも見えた。当時、NBA契約経験がある日本人は田臥勇太、渡邊雄太、八村塁の3人のみ。しかも渡邊と八村はアメリカの大学から直接NBA入りしており、Bリーグから羽ばたいた選手は一人もいなかったからだ。
しかし2024年、その空気が一変した。横浜ビー・コルセアーズに所属していた河村勇輝が、メンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を締結。「BリーグからNBAへ」という道筋が、現実のものとなった。
新しいロールモデルになった河村勇輝
河村のキャリアは、Bリーグの制度をフル活用した成長モデルだ。高校3年時に「特別指定選手制度」で三遠ネオフェニックスに加入し、試合出場および得点記録で当時の最年少記録(18歳8カ月23日)を樹立。東海大学進学後も同制度を使って横浜BCで活動し、2年終了後に大学を中退すると同クラブとプロ契約を結んだ。日本代表での活躍もあり、その2年後にグリズリーズとツーウェイ契約。Bリーグの高いレベルの競争環境でステップアップし、NBA契約を勝ち取った。
黒田は「僕自身、以前は5人という目標は高いと思っていましたが、河村選手の活躍によって、現実的に達成できると感じ始めています」と語る。「彼のキャリアは、我々が目指すひとつのモデル。まずはNBAのスカウトの目に留まり、サマーリーグに招集されるような選手を出し続けること。すでに道はできているので、この流れを定着させていく必要があります」


