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「選手より走れる監督」上野裕一郎がついに立教大を箱根駅伝に導くも…解任に「何やってんだ!」それでも「最後まで一緒に戦いたかった」理由
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佐藤俊Shun Sato
photograph byYuki Suenaga
posted2026/01/23 17:03
上野裕一郎監督の指導で立教大は悲願の箱根駅伝出場を果たした。しかしその上野が自身の過ちで去り、ひとつの時代が終わろうとしている
55年ぶりの箱根駅伝は総合18位。中山は9区で区間12位という結果だった。
監督解任の激震
その翌シーズン、2023年のことだった。第100回大会の箱根駅伝予選会前、上野が部員との不適切な関係で監督を解任された。社会的な問題になり、立教大は大きく揺れた。
その一報を聞いた栗本は「あとさき考えずにやっちゃったな。子どもだなぁ」と思い、呆れたという。石鍋は「何やってんだ、この大事な時期に」と思い、すぐに宮澤徹主将に連絡を取った。「大丈夫です。絶対に箱根に行きます」という返事をもらい、宮澤の箱根への強い意欲を感じてホッとした。斎藤も「何やってんの」と思い、中山たちの代の苦労を思いやった。
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この件を含め、斎藤には、上野があまりに陸上だけに打ち込んできた面が、さまざまな場面で見えていたという。
「上野さんは、陸上に関しては100点なんです。でも最後に、陸上だけやってきたんだな、というのが出てしまったと思いました。そういうところがあるので、僕は陸上以外のことを言われた時は、全部反抗していましたね」
名門大学での問題とあって社会的な反響は大きく、箱根予選会を控えた選手にとってはダメージが大きかった。金城快や馬場勇希といった後輩から、現役選手たちが肩を落としていると聞いた栗本は、元主将の増田駿らOBたちで動画を作り、選手たちに送った。
それを見た選手たちは奮起し、「もう一度立ち上がることができました」と連絡してきた。栗本は「がんばれ」とエールを送り続けた。
それでも上野監督と戦いたかった
問題の渦中にいた中山は、それでも「最後まで監督と一緒に戦いたかった」という。
「上野さんに立教に引っ張ってもらい、いろいろ相談に乗ってもらいましたし、成長させてもらいました。箱根では区間配置を自分たちで考えるといういい経験をさせてもらいましたが、監督が考えていたらどうなっていたのかなという思いもあったので……個人的には卒業するまで一緒にやりたかったです」


