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「自分らの柱は圭汰だった」箱根駅伝6位でも駒澤大・佐藤圭汰は4年生の絆が「財産」…卒業後はアメリカへ「もうハーフの距離は走りません」
posted2026/01/09 11:03
負傷を抱えて「賭けだった」というぎりぎりの選択で箱根10区を走った佐藤。卒業後は元来の主戦場である1500m、5000mで世界を目指していくという
text by

佐藤俊Shun Sato
photograph by
Yuki Suenaga
駒澤大での4年間を振り返ると、帰山侑大は「自分らの代は佐藤圭汰が柱だった」と言った。
「自分たちの代は、その柱がいて、みんな負けじとがんばってきました。やっぱり圭汰の存在が大きかったですし、友人とかそういう感じじゃないですけど、お互いに尊敬し合っているというか、あいつならやってくれるという感じで、信頼できる関係でした」
山川拓馬は、佐藤の存在が刺激となり、「チームの競技力向上に大きな影響を与えた」という。伊藤蒼唯も「駒澤大にとって、圭汰の存在が大きかった」と話した。
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「圭汰の存在は、僕ら同級生にとっても大きいですけど、それ以上に後輩からの信頼感というか、この人ならなんとかしてくれるだろう、というメンタル的な支えになっていました。駅伝で圭汰が戻ってきてくれると軸が入るので一体感が生まれますし、みんな気持ちに余裕を持って走れたと思います。そのくらい大きな存在でした」
みんなで支えあって頑張ってきた
佐藤に彼らの言葉を伝えると、神妙な顔つきで、こう語った。
「いや、もう支えてもらったのは自分なので。この2年間、山川と伊藤、帰山に何度も助けられました。3年の時、出雲と全日本を走れなくて、みんなに迷惑をかけた時、彼らが慰めの言葉をかけてくれましたし、『俺らが何とかするから』って助けてくれて。実際、自分以外の4年生が何とかしてくれた。
自分が軸というよりも、4年生みんなで支えあって頑張ってこられたので、昨年の全日本で優勝できましたし、4年のみんなに感謝しかないです」
佐藤は、同学年で唯一の5000m13分台の選手として、鳴り物入りで駒澤大に入学した。その走りやマインドに影響を受け、山川、伊藤、帰山は成長してチームの主力となり、今年の駒澤大を象徴する4人衆になった。

