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「応援してくれた方々のために…」《別大マラソン出場決定》青学大・原晋監督に「キーマン」と名指しも当日変更…ある4年生ランナーが語った“最後の箱根路”
posted2026/01/10 06:00
2024年の箱根駅伝では1区を走った青学大4年生の荒巻朋熙。今年は当日交代に終わったということもあり、2月の別大マラソンへの出走も発表した
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
Nanae Suzuki
青山学院大学による史上初の「2度目の3連覇」で幕を閉じた102回目の箱根駅伝。圧勝劇に見えた絶対王者だが、実は原晋監督が「キーマン」と呼んだ4年生が起用できないという「誤算」も起きていた。本人が「異変」の内幕やラストランへの想いを語った記事を短縮版でお届けします。
お腹に違和感を覚えたのは、大晦日の朝だった。
青学大4年生の荒巻朋熙は、毎年12月29日に発表される箱根駅伝の区間エントリーで1区に登録されていた。いわゆる当て馬ではなく、実際に1区を走る予定だった彼は、大晦日も調整練習に余念がなかった。
しかし、練習中に疲れを感じたため、荒巻は寮に戻り早めに休むことにした。明らかな異変を感じたのは、少し休んだ後だった。
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「休んでもまだだるかったので、一応熱を測ったんですけど、そしたら38度8分の高熱が出てしまって。コーチと一緒に測ったので、葛藤する間もなかったです」
突然の発熱…その理由は?
なぜ、このタイミングで熱が出るのか。思い当たることはひとつもなかった。
「まったく心当たりがないんです。そこまでは調子も良くて、体調も万全だった。今でも原因がわからないです」
医師の診断は胃腸炎だった。荒巻は「選手として最後までやれることをやるしかない」と前を向いたが、気力だけでは抗いがたい現実に打ちのめされた。
「その日の夜に、もどしちゃって。何も食べれなくなりました。睡眠もとれなくて。そんな感じですね」
果たして彼の最後の箱根駅伝はどのような結末を迎えたのか。欠場を余儀なくされた荒巻が提案した「意外な発案」とその理由とは何だったのか。圧勝劇のウラに隠された秘話は、記事本編で詳しく描かれている。
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
