「井上尚弥が3階級上のボクサーの腕を折った」伝説のウラ側とは…「井上尚弥とのスパーリング、いける？」“折られたボクサー”渡邉卓也36歳を直撃 

　最初はシャドーボクシングの練習ばかりだった。バンデージの巻き方、正しい構えを教えてもらい、1キロや2キロのダンベルを両手に持ったまま、前後、左右にステップを踏むだけ。それを3分3ラウンド続ける地味な練習。だが、胸が高鳴るほど楽しかった。学校終わりで時間帯がいいのか、トレーナーも熱心に教えてくれる。

　やがて、スパーリング大会に出場し、2回ともあっさり負けた。元々スポーツが得意だったわけではないし、パンチ力やスピードといった秀でたものがあるわけでもない。おそらくボクシングセンスは優れていない。

　家に帰らず友人と遊び呆けて長らくジムをさぼったときには、自宅に電話がかかってきた。トレーナーがうまくやる気を持続させてくれる。

高校在学中にプロデビュー「トレーナーは鬼になった」

ADVERTISEMENT

　高校3年生のときだった。

　プロテストに合格し、試合が決まった瞬間、優しかったトレーナーの態度が180度変わった。

　練習量が増え、求められる質も上がってきた。できなければ、トレーナーから怒号が飛ぶ。

「おい、そうじゃねえだろ！　できねえなら、なんでできるまでやろうとしないんだ！」

　楽しかったジムに「鬼」がいる。

　プロボクサーっていうのは、生半可な気持ちでやっちゃ駄目なんだな。

　トレーナーの険しい顔から、プロのリングに上がることの覚悟を噛みしめた。

　2007年1月24日、高校卒業間際の冬、デビュー戦を迎えた。控え室で試合用の小さな8オンスのグローブを手にすると、恐怖心が襲ってきた。リングへの階段を上がって、名前をコールされても、まだ緊張していた。

　トレーナーから追い込まれ、厳しいメニューを消化してきたからか。それともジムのタイマーが壊れて3分でゴングが鳴らず、1ラウンド4分近く練習してきたおかげか。緊張したまま、あっという間に試合は終わった。判定勝利でデビュー戦を飾った。覚えていることといえば、スパーリングとは違い、体や頭がぶつかり、痛いということだけだった。

【次ページ】　「井上尚弥とのスパーリング、渡邉君いける？」