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「井上尚弥が3階級上のボクサーの腕を折った」伝説のウラ側とは…「井上尚弥とのスパーリング、いける?」“折られたボクサー”渡邉卓也36歳を直撃
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森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2025/12/27 11:35
数々の伝説的なエピソードを持つ“モンスター”井上尚弥。12月27日にはサウジアラビアでアラン・ピカソとの防衛戦を行う
「井上尚弥とのスパーリング、渡邉君いける?」
工業高校を卒業し、春からビル管理会社に就職した。最初の1週間は定時の研修だったものの、日によって勤務地が変わる。上司から、パーマをかけた長い髪を切ってこい、と叱られた。その場をやり過ごせるほど器用な人間ではない。そもそも、仕事を要領よくこなして練習時間を捻出できる自信もなかった。
ああ、無理だな。
10日で仕事を辞めた。ボクシングに懸け、スーパーマーケット「サミット」でのアルバイトを再開する。
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6連勝でデビューから1年半が過ぎ、タイ選手と対戦し、プロ初の黒星を喫した。
その後も、不器用なりに一歩一歩進んできた。トップ選手のように素早いジャブを突き、華麗に足を動かすことはできないし、ハードパンチャーのように一発で流れを変えるボクシングもできない。だからなのか、ディフェンスだけは徹底的に教え込まれた。特に相手のパンチを払うパーリングは体に染みこむまで何度も繰り返した。
「おい、絶対にパンチをもらうな!」
トレーナーから口酸っぱく言われ、やがてブロッキングしながら前へ出る動きや、体を反らすスウェーといったディフェンス技術を嫌というほど学んだ。
プロ20戦目で、日本フェザー級王座に挑んだものの、判定負け。悔しい。初めてボクシングを見た、あの日の渡辺純一のように日本チャンピオンのベルトを巻きたい。ずっとあの光景が心に残っている。
朝からスーパーマーケットでバイトに励み、夕方からジムでの練習を繰り返す日々。再就職など考えず、目の前のボクシングに精一杯打ち込むしかなかった。
いつしかジムの匂いを嗅いでも何も感じなくなった。むしろ、体に染みこみ、自分からあの匂いがするのでは、と思うほどのめりこんでいた。
20代半ばとなり、韓国・原州で地域タイトルのIBFアジア・フェザー級王座を獲得した。この頃から、スパーリングパートナーとして、大橋ジムから声が掛かるようになった。同じ階級の細野悟と拳を交えるためだった。
2015年のある日、当時のジム会長、有吉将之から呼び止められた。
「大橋(秀行)会長から『井上尚弥とのスパーリング、渡邉君いける?』って、連絡あったよ」
<続く>

