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「手術はソーセージの皮が弾けるような…」マルケスに佐々木歩夢、MotoGPライダーに急増中の“腕上がり”の正体と270万円の治療とは?
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遠藤智Satoshi Endo
photograph bySatoshi Endo
posted2025/12/05 06:00
走行前、入念に腕のストレッチを行う佐々木
腕上がりの症状は多くの場合、ブレーキとアクセルの操作をする右腕に出やすいのだが、步夢は両腕に症状が出るので、2回とも両腕を手術した。今回の手術では症状がひどかった左腕5カ所、右腕4カ所にメスを入れたとのこと。1カ所5cmほど切開し、筋肉の膨脹による圧力を逃す処置を行った。
近年、腕上がりの症状に苦しむ選手が増えたのはなぜか。それはマシンやタイヤの進化でライディングそのものが変わり、コーナーリングスピードが上がっていること。さらに、MotoGP、Moto2ともに厳しい車両規定により性能差が少ないワンメイク化が進んだことで、どうしてもブレーキング競争になっていることもある。
步夢の場合は「身体が小さいこともあるのかも知れないけど、コーナーによってはマシンを押さえつけている時間が長くなって、腕上がりになるとマジで辛い」と、ブレーキ、アクセル操作の右手よりも左手に負担がかかるというケース。一方、マルクの場合は、誰よりもハードなブレーキングをすることで右腕への負担が大きくなっている。
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思えば、ノリックこと阿部典史、大ちゃんこと加藤大治郎などが活躍していた時代に、腕上がりの手術をした選手はほとんどいなかった。レジェンドライダー、バレンティーノ・ロッシも腕上がりの手術をしていない選手のひとりだが、同時代に活躍したダニ・ペドロサは腕上がりに苦しみ、手術を4回受けたことが当時大きな話題になった。
手術を必要としないライダーたち
来季Moto3からMoto2にスイッチする古里太陽は、11月下旬にスペインのヘレスで4日間走り込んだ。走行距離は1400km。316ラップして初ライドとしてはタイム的にもなかなかの走りを見せた。この集中トレーニングはMoto2マシンに慣れることが大きな目標だったが、腕上がりの予防的手術をするかどうかを見極める重要なテストでもあった。その結果、症状は見られず、とりあえずは手術を見送ることになった。
今季初優勝を達成し、表彰台に5回立った太陽は、これからのさらなる成長を期待させる選手のひとりだが、鎌田トレーナーはこう語ってくれた。
「大ちゃんと太陽は、いろんなところですごく似ていますね。ライディングも上体の力を抜いて楽に走るタイプ。ただ、筋肉の特性はスピードの能力に長けている速筋線維で、実はこれは腕上がりしやすい。大ちゃんは腕上がりの手術をしていませんが、いまのMoto2やMotoGPに乗ったら手術が必要だったかもしれません。太陽は現状では症状が出ていないので、手術をするかどうかの判断は難しいところです」
鎌田トレーナーによると、筋肉には大きくわけて3つのタイプがある。瞬発力は高いが疲れやすい速筋タイプ、ある程度のパワーと持久力を兼ね備えている中間筋タイプ、持久力に優れていて疲れにくい遅筋タイプである。これは遺伝やトレーニング方法などによっても異なるという。45分前後で勝敗が決するMoto2、MotoGPは近年ペースが上がり、大接戦の中でハードブレーキングが繰り返されるため、いずれのタイプだったとしても腕上がりを避けて通るわけにはいかないようだ。
いま、MotoGPクラスで腕上がりの手術を必要としていない選手のひとりに小椋藍がいる。彼は基本的にフィジカルトレーニングは行わず、実際にバイクに乗るトレーニングを中心に身体作りを行ってきた。もちろん、持って生まれた筋肉の特性(遅筋タイプと思われる)もあるのだろうが、ライダーの腕上がり対策としてはひとつの見本になるのかも知れないと思う。


