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「僕は2回もドラフト指名を拒否している…その怖さがある」長野久義が告白した…巨人スカウトの証言「ドラ1の2人、長野と大田泰示は性格が正反対だった」
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中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph byAFLO
posted2025/11/02 11:02
10月14日、巨人・長野久義(40歳)の引退会見
もう少し柔軟に周囲の意見を取り入れ、年齢に合わせたモデルチェンジをすれば打撃成績も向上したかもしれない。だが、長野には、己の生き方にある種の覚悟があった。
選手として全盛期を迎えていた2013年の優勝手記で、「2回もドラフト指名を断っている。逆の立場なら『コイツ何なんだ』と思うだろう。どう見られているのか、という怖さが自分の中にいつもある」と告白している。そして、そんな自分の生き方を受け入れてくれたチームメイトたちへの感謝と覚悟を書き記すのだ。
「自分は角(かど)で生きていこうと決めた。角と脇役は違う。オセロは角を取れば勝てる。中央の石と角が連係すれば、いっぺんに石をひっくり返せる。パズルだと、角は4つしかないピース。形が分かりやすいから、最初に組める。巨人には中央に座る人がいる。周りを見渡しながら支えることで必要とされる人になりたい」(日刊スポーツ2013年9月25日付)
身長が低かった小6時代「へこたれる子ではなかった」
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原巨人でも由伸監督時代でも、もっと先頭に立ってチームを引っ張ることを求められたが、長野は長野なりに愚直に自らが決めた役割をまっとうしようとしたのだ。
長野が小学生時代にプレーした基山バッファローズの白水重樹元監督は、6年生になっても身長が低いままの少年のことをよく覚えているという。まだ体が小さく長打が打てないため、クリーンアップではなく、俊足と強肩を生かすため1番・三塁で起用した。だが、彼には誰にも負けない大きな武器があった。
「へこたれる子ではなかったね。小さいころからどんなに怒っても、それに立ち向かってくる。ハキハキ物を言っていました。長野には跳ね返す力があったから、私は誰よりも彼を怒鳴りつけていたと思います。それでもしっかりついてきてくれましたよ」(スポーツアルバムNo.36 長野久義/ベースボール・マガジン社)
プロ入り時には身長180cmに達し、いつも冷静沈着で人格者のイメージも強い、長野久義の野球人生の原点にあるのは、意外なことに反骨心だった。誰に何を言われようが、野球に妥協せずに食らいつく。ドラフトで幾度となく挫折しようが、巨人入団後にプレースタイルの欠点を指摘されようが、我が道を突き進んだ。内に秘めた闘志と覚悟で戦い抜いた、プロ16年間だったのである。


