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「坂本勇人を使えたのはチーム力があったから」原辰徳がいま明かす“巨人選手育成の難しさ”「勇人を使い出したのは、へこたれない強さが…」 

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鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

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photograph bySANKEI SHIMBUN

posted2025/11/11 11:00

「坂本勇人を使えたのはチーム力があったから」原辰徳がいま明かす“巨人選手育成の難しさ”「勇人を使い出したのは、へこたれない強さが…」<Number Web> photograph by SANKEI SHIMBUN

2007〜14年の間に6度リーグ優勝した巨人において、原辰徳監督は編成面でも力を発揮した

 5年ぶりのペナント奪回を果たした中で、この年はもう一人、その後の2度の3連覇のキーマンとなる選手を原は見出した。

 坂本勇人(光星学院)である。

 坂本は'06年の高校生ドラフト1巡目のくじ引きで堂上直倫(愛工大名電)を外し、いわゆる“はずれ1位”で獲得した選手だった。しかしプロ1年目から一軍に昇格し、9月6日の中日戦で延長12回に代打で初安打、試合を決める初打点をマーク。そこで原は2年目の'08年には「8番、二塁」で開幕戦の先発に抜擢。その後も二岡の故障でショートに回すと、そのまま遊撃手として全試合先発出場させた。

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「'08年に勇人を使い出したのは、本人にへこたれない強さがあったのがまず一番。それと(阿部)慎之助やレギュラークラスの選手に力があったことが大きかった。8番、ショートで使えるというのはチーム力があったから。勝ちながら育てるという意味では、そこがあったからですね」

 そして原は育成の“哲学”をこう続けた。

「育成を待ってくれ」は巨人では通用しない

「ドラフトで獲ってきた選手を育てるには、もちろん本人の才能、努力、さまざまなものも大事ですけど、同時に周りの環境というのも必要です。巨人の選手育成の難しさは待ってくれないこと。今はチームを、選手を育てる時間だから、結果が出てくるのを待ってくださいというのは通用しない。個を育てるためには、チームの中で個が育っていく環境を作ることも必要なのです」

 この年からアレックス・ラミレスも加入し、当時の巨人打線は錚々たるメンバーが揃っていた。坂本は夏場には打率が2割2分台に落ちるなど、精彩を欠いた時期もあった。それでも高橋、阿部らの生え抜き組と補強で加入してきた選手たちががっちり噛み合って、坂本が打てなくても得点力は落ちることはなく連覇を果たすことになる。

 結果的にはこの1年が坂本を大きく成長させて、翌'09年にはリーグ4位の打率3割6厘をマーク。チーム3連覇の立役者の一人となり、その後の巨人を支える選手へと育っていくことになった。

 そしてこの頃から巨人が力を入れ出したのが、当時の球団代表兼編成本部長で後に、いわゆる“清武の乱”で巨人を去ることになる清武英利が掲げた「育成の巨人」――原の言う「時間をかけて二軍から鍛えて育て上げていく」選手たちの発掘だった。

【続きを読む】サブスク「NumberPREMIER」内「巨人の選手育成の難しさは待ってくれないこと」原辰徳が明かす“ドラフトだけでは完成しない”常勝球団の作り方「ドラフト、補強、育成が計画的に機能していないと…」で、こちらの記事の全文をお読みいただけます。

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