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“野人”中西学に起きた異変「脂肪がなくなり…」新日本プロレスの“格闘技路線”で運命が変わったウラ事情「オメーはそれでいいや」伝説の猪木問答
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堀江ガンツGantz Horie
photograph byL)AFLO、R)Keiji Ishikawa
posted2025/10/17 11:02
“野人”として人気を集め、2020年に現役を引退した中西学さん
中西の異変「脂肪がなくなり、プロレスとは違う筋肉に…」
武藤一派が離脱後も新日本は続き、中西は03年5月2日の東京ドームで藤田和之と総合格闘技ルールで対戦し敗北。同年6月29日にはK-1にも出場し、なぜかアマチュアレスリング出身の中西が打撃限定のK-1ルールの試合を行い、アマ相撲出身のTOAに1ラウンドTKO負けを喫した。
結果は出なかったもののこれらの試合に向けて元・修斗ヘビー級王者エンセン井上のもとで鬼気迫るトレーニングを積み、未知なる闘いに打ってでた中西のファイトは心を打たれるものがあったが、この格闘技特訓が思わぬ形でプロレスに影響してしまう。
――総合格闘技やK-1に出場した際は、エンセン井上さんのところでかなりハードなトレーニングを積まれてましたよね。
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中西 あの時は、久しぶりにトレーニングだけに熱中できましたね。ただ、ああいう(格闘技用の)トレーニングばかりやってると脂肪もなくなっていって、筋肉もプロレスとは違う筋肉になるので、プロレスの試合に戻ってもしばらく受けのレスリングができなかったんですよ。だから、またプロレスように身体を作り直さなきゃいけなくなって。
――長年かけて作り上げてきた“プロレスラーの肉体”をもう一度作らなきゃいけなかった、と。
「遠回りというか…これが僕の人生でしょ」
中西 だから格闘技用のトレーニングをやったおかげで、動いてもあまり息は上がらなくなったんですけど、受けられないっていうのがキツかったんですね。とくに自分の場合、相手のどんな攻撃でも受けてナンボのスタイルだったんで、その持ち味がだせなかったんで「なんじゃこりゃ!」って。
――中西さんがIWGPヘビー級王座を獲得したのは2009年で、G1クライマックス初優勝から10年、デビューから実に17年近くかかったわけですけど、総合格闘技挑戦などがあって少し遠回りしてしまった感はありますか?
中西 遠回りというか、まあ、これが僕の人生でしょ。いや、いい思いもいっぱいしましたよ。だからレスラー人生を振り返って考えると、自分では上出来やと思いますけどね。なんもできひんかった男が、オリンピックに出ることができて、プロレスでもG1で優勝して、IWGPのベルトも一度は巻くことができたんで。
だから引退後、一般の仕事に就いてからも何もできひん状態でしたけど、レスリングと同様に、自分なりにコツコツと一生懸命やっていく。それしかないと思って生きてますよ。不器用な人間なんでね(笑)。
(撮影=石川啓次)

