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「高校中退して遊んでばかり」「デビュー戦で負けてタバコを捨てた」“どこにでもいるヤンチャな若者”がなぜレジェンド格闘家に? 金原正徳42歳の半生
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長尾迪Susumu Nagao
photograph byRIZIN FF Susumu Nagao
posted2025/10/05 11:10
『超RIZIN.4』のYA-MAN戦を最後に引退を表明した金原正徳(42歳)。20年以上におよぶキャリアのなかで、数多の強敵と対戦した
高校中退、デビュー戦は一本負け…20歳のリアル
立川のジムでインタビューに応じてくれた金原は、晴れやかな顔をしていた。
2003年9月15日、20歳で迎えたデビュー戦はDEEPのリングだった。本戦前のオープニングファイトの1試合目に組まれて、結果はチョークによる一本負け。会場の旧大田区体育館は冷房の効きが非常に悪く、うだるような暑さだった。リングサイドにじっとしているだけで汗が止まらなかったことを今でも覚えている。
だが、金原の試合の細かい記憶はほとんどない。改めて写真を確認したところ、腕に覚えのある若者が打撃で勝負し、寝技で敗れたという内容だった。そんな選手は沢山見てきているし、彼らが再びリングに上がることはほとんどなかった。私は漠然と「この選手が戦う姿を見ることはもうないだろうな」と思っていた。
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金原が格闘技に興味をもったのは、高校を中退した1998年ごろだったという。ちょうど前年にPRIDEがスタートしたタイミングだ。その影響を尋ねると、本人から意外な答えが返ってきた。
「格闘技のことは何も知らなかったです。新日本プロレスが好きで、プロレスは中学生のときに見ていましたけど、PRIDEとかは本当に知らなかった」
タウンページをたまたま見ていたら「シューティング 武蔵村山道場」という文字が目に入った。銃を撃つ方の“シューティング”だと勘違いし、興味を惹かれた。
「近所だったので見に行ったら、殴り合いをしてるんですよ。『これは面白そうだ』と思って体験に行って。楽しかったんで、そのまま入会したって感じです」
中学卒業後は西東京市の工業高校へ進学したが、1年生の夏には退学することになる。
「地元の小学校の仲間と一緒に通っていたんですけど、そいつが学校へ行かなくなって」
家は出るものの、そのあとは友人と一緒に授業をサボり、どこか遊びに行くという日々を送った。学校から呼び出され、出席日数が足りないので夏休みに補習を受けるように言われたが、「夏休みに毎日、学校なんて行けるかよ」と突っ張った。その結果が中退だった。
当然ながら、親には激怒されたそうだ。10代の頃の金原は、仲間の家でたむろしてタバコを吸う、どこにでもいそうな「ちょっとヤンチャな若者」だった。


