フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
「グラミー賞アーティストが…前代未聞」鍵山優真の新フリー『トゥーランドット』はなぜ特別なのか? 振付師が明かす「ユマの中にある情熱」
text by

田村明子Akiko Tamura
photograph byKYODO
posted2025/09/25 17:03
9月14日のロンバルディア杯フリーにて、新プログラム「トゥーランドット」を披露した鍵山優真
簡単に「トゥーランドット」のあらすじを説明する。舞台設定は時代不詳の中国。絶世の美女だが心の冷たい皇女トゥーランドットは求婚者に3つの謎かけをし、解けなければ情け容赦なく処刑してきた。タタール国の王子カラフは謎を解いて見せるが、トゥーランドットは結婚を渋って父親の皇帝に泣きつく。そこでカラフは、翌日までに自分の名前をあてたら結婚を反故にして自分の命を与えようと申し出る。この夜に歌われるのが有名なアリア「ネッスン・ドルマ/誰も寝てはならぬ」だ。カラフの侍女ルーが捕らえられ、拷問を受けるが主人の名前を明かすことを拒んで自らの命を絶つ。(プッチーニはこの場面まで制作して亡くなった)その後カラフはトゥーランドットにキスをして、自ら名前を明かす。彼女の心は愛に目覚め、2人は結ばれる。
筆者もニューヨークのメトロポリタンオペラハウスで数回鑑賞した。豪華な名作であることは間違いないものの、何人も殺害してきたトゥーランドットが突然愛に目覚めてハッピーエンドという終幕は、何度見てもモヤモヤ感が残った。
ティン氏が作成した“新たな18分”
ティン氏は脚本家のスーザン・スーン・ヒ・スタントン氏による新しいストーリーにそって、18分の新たなエンディングを制作した。そのニュースがニコル氏の目にとまり、鍵山のコーチ、カロリナ・コストナーがティン氏に連絡をとったのだという。
ADVERTISEMENT
「カロリナから、この18分の新たなエンディングの映像を見ることは可能だろうかと連絡をもらい、私はワシントン国立オペラとケネディセンターの許可をとって、まだ一般に未公開だった映像を送ったんです」
ニコル氏は以前にティン氏の音楽で山本草太、松生理乃らのプログラムを制作したこともあり、ティン氏がそれらのスケーターの映像をSNSにあげたことから交流が始まってすでに旧知の仲だった。
「ユマの中にはまだ埋もれている情熱がある」
「クリストファーが送ってくれた映像を見て、これはユマにとって最高の音楽だと感じました。出だしはエネルギーのある、明るいメロディがほしかったんです。スローで暗い印象のものではなく。カーテンが開いて舞台に出てきて、ストーリーを紹介する、という振付です」とニコル氏は説明する。
フィギュアスケートで「トゥーランドット」といえば、主にヴァイオリニスト、ヴァネッサ・メイの編曲/演奏によるお腹の底に響く重厚なメロディの出だしが使われてきた。だが鍵山のオープニングは明るく、軽やかなのはそういう意図だった。
「美しいメロディがたくさんあって、この18分の中のどこを使うか選ぶのはとても大変な作業でした」とニコル氏。出来上がった作品は、出だしのホルンのメロディと、後半に流れる「ネッスン・ドルマ」の部分以外は、ティン氏のオリジナルだ。全体に「トゥーランドット」の雰囲気が保たれながらも、アップデートされたモダンヴァージョンと言える。
「何年か一緒にやってきて、ユマの中にはまだ埋もれている情熱があることを感じていました。それを爆発させる音楽が必要だったのです。ユマは音楽に対する感覚がとても繊細で、アスリートとして、芸術家として、人間として成長し続けてきた。クリストファーの作品は、メロディが美しいだけでなく、ストーリーも近代化されていてポジティブなエネルギーを注いでくれました」

