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ボクシングPRESSBACK NUMBER
井上尚弥が言及「限界説」はなぜ拡散されたのか? 不気味なアフマダリエフ、試合当日の波乱…マスコミの間で静かに漂っていた“不吉な予感”の正体
text by

曹宇鉉Uhyon Cho
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2025/09/17 17:01
9月14日、「最大の強敵」と言われたアフマダリエフに勝利した井上尚弥
「空気が違う」メディア側に“過去にない緊張感”
2023年7月のフルトン戦に圧勝して以降、井上の試合の予想は「勝ち負け」ではなく「どう勝つか」をめぐる議論になることがほとんどだった。記者も、カメラマンも、どの試合でも井上の勝利を本質的には疑っていなかった。しかし今回のアフマダリエフ戦は空気が違った。試合前に話を聞いた幾人かの記者は、「井上が有利だと思うけど……」と少なからず言葉に含みを持たせた。
そう、井上が有利なのだ。試合の映像や公開練習での動きを見るかぎり、アフマダリエフのスピードで井上をとらえられるとは思えない。頭ではわかっているものの、なぜか「勝つ」と断言させない不吉な予感がつきまとう。
アフマダリエフに唯一の黒星をつけたマーロン・タパレスをスパーリングパートナーとして招聘し、プロ入り後初めての出稽古を帝拳ジムで敢行したことも、いつもの井上とは異なる印象を与えた。タパレスに加えて、藤田健児、中野幹士、村田昴、増田陸といった帝拳ジムの精鋭とのスパーリングは、アフマダリエフへの「最大の強敵」という評価を裏付ける異例の行動だった。その徹底ぶりがむしろ、試合を報じるメディア側に過去にない緊張感をもたらしていた。
そして起こった“ある波乱”
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試合2日前の会見では、アフマダリエフが井上陣営にリスペクトを示すため、ウズベキスタンの民族衣装「チャパン」をプレゼントする一幕があった。紺地に金色の意匠が施されたチャパンに袖を通したまま、大橋会長はあらためてアフマダリエフの印象を語った。
「逆に怖いですね。挑発された方が……。精神的にも強い人間。自信満々な感じだよね」
そして9月14日の試合当日、波乱が起きた。井上の大橋ジムの後輩である武居由樹が、セミファイナルでメキシコのクリスチャン・メディナに4回TKOで敗れ、WBO世界バンタム級王座を失ったのだ。
泣き崩れる武居の姿を目の当たりにした1万6000人の観衆の間に、言語化しがたい動揺が広がっていく。急ぎ足でプレスルームへと向かう途中、「尚弥さんがやってくれるよ」というファンの祈るような声が耳に入った。メインイベントが始まる直前のIGアリーナには、明らかに不穏なムードが漂っていた。

