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ボクシングPRESSBACK NUMBER
井上尚弥が言及「限界説」はなぜ拡散されたのか? 不気味なアフマダリエフ、試合当日の波乱…マスコミの間で静かに漂っていた“不吉な予感”の正体
text by

曹宇鉉Uhyon Cho
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2025/09/17 17:01
9月14日、「最大の強敵」と言われたアフマダリエフに勝利した井上尚弥
加えて、試合前は完全なるBサイドと見なされていたカルデナスの善戦は、32歳になった井上自身の変調とあわせて語られるようになった。加齢による衰え、あるいは鮮烈なパフォーマンスの裏で蓄積してきたであろう疲労やダメージ。真実かどうかはさておき、試合を配信するLeminoが宣伝に取り入れたように、「限界説」が流布されるようになったのは間違いない。カルデナス戦のダウンと、2024年5月のルイス・ネリ戦でのダウン、さらにノニト・ドネアとの1戦目で右目眼窩底を骨折したパンチがいずれも左フックだったことから、「打ち終わりに合わせる左」を井上攻略のカギとする分析も見受けられた。
五輪メダリストかつ元2団体統一王者のアフマダリエフは、戦歴的にはカルデナスよりもはるかに格上だ。アマチュア仕込みのテクニックに加えて、左フックを得意とするサウスポーでもあり、パンチの重さ、肉体的な頑強さも備えている。他でもない井上による「最大の強敵」という評価も相まって、ファンや識者、メディアの脳内で“まさかの瞬間”が強くイメージされることになった。
隠した左フック…アフマダリエフの“怖さ”
アフマダリエフは試合3週間前の8月24日に来日した。9月1日の公開練習では、左フックを封印してごく軽いミット打ちに終始した。早めの来日も、カメラの前で左フックのクセや軌道を見せまいとしたことも、打倒・井上に向けた本気度の表れのように映る。
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「総合力で優っている」
真剣な表情でそう豪語したアフマダリエフに対して、囲み取材に応じた井上真吾トレーナーは「円グラフ」を示す手振りを交えて語った。
「それで言ったら、尚弥はもうひとつ大きな輪を描いているのかなと。すべてにおいて」
すべてにおいて。息子への、いや、トレーナーとしてのボクサーへの信頼が伝わる一言だった。さらに翌日の公開練習では、井上自身もアフマダリエフの発言に対する率直な感想を口にしている。
「そこに関しては、ちょっと的を外しているなと。総合力は絶対に負けてないと思うんで。唯一、アフマダリエフの怖い点は、やっぱりフィジカル面、パワー面だと思う」
井上の戦力分析は的確だった。スピードやテクニックにおいてアフマダリエフに遅れをとることは想像しがたい。総合力という面でも、間違いなく優位にあるだろう。一方で、大橋秀行会長は過去に井上と対戦した強豪の名前をあげて、アフマダリエフこそが最強という見方を示した。
「(エマヌエル・)ロドリゲス、ドネア、(スティーブン・)フルトン、あとはネリ。彼らのはるか上にいると思っている。フルトンは怖さがなかった。アフマダリエフには上手さもあるし、怖さもあるんで」
数発のパンチで戦況を覆しうる能力を、大橋会長は「怖さ」と形容した。フルトンにないものが、アフマダリエフにはある。


