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もうひとつの「野村再生工場」…カープの若手に経験のすべてを伝える野村祐輔三軍コーチの現役時代になかった充実の日々
text by

前原淳Jun Maehara
photograph bySankei Shimbun
posted2025/08/04 11:05
春季キャンプでの野村コーチ。まだ36歳だけあって、現役選手のように若々しい
育成選手としてひと区切りとなる高卒3年目を迎える辻大雅は、今季のスタートで大きくつまずいていた。ウエスタン・リーグ開幕後、2試合連続で失点。平均球速は138kmにとどまり、防御率は31.50まで悪化した。
そんな状態で三軍にやってきた辻は体の連動性が悪く、投球フォームも体の開きが早いとされていた。本人の認識もそうだった。
だが、野村コーチが伝えたのは軸足の意識だった。
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「まだ体重が(軸足に)乗る前に投げ始めようとしていたので、『それじゃ出力は出ないよね』と。100の力をそのまま伝えるのは難しいんですが、大雅の場合は50の力も使えていなかったんです」
投球動作も打撃同様にすべての動きがつながっている。辻の場合、下半身に十分な力を溜めることができておらず、球に力が伝わっていなかった。右肩の開きが早くなる理由もそこにあった。三軍で過ごした2週間、野村は「軸足への意識」の一点だけにアプローチし続けた。
選手に伝えるポイントはひとつだけ
「限られた期間なので、選手に伝えるポイントはひとつに絞るようにしています。今は情報が溢れていて、選手にとってはプラスになることもあればマイナスになることもある。少しでも行き詰まったら、すぐに違うことをやろうとする選手もいる。でも、自分が戻って来られる原点のような場所が必要なんです。ポンポンといいときがあっても必ず悪いときは来る。そのときに戻る場所があるかないかは、選手として大きな差になる」
辻は二軍復帰後、登板を重ねながら引き続き野村に助言を求めた。平均138kmだった球速は140km台後半を連発するようになり、紅白戦では150kmを計測した。自己最速を大きく更新する球速に誰より驚いたのが辻本人だった。
「あの2週間から取り組んできたことが、自分のものになってきた。まさかあんな数字が出るとは思っていなかったので、自分が一番驚きました」
投球フォームや肉体改造など目に見える大きな変化があったわけではない。たったひとつの意識改革が辻を投手として大きく進化させた。球速だけでなく、ストライク率も一軍レベルに近い数値にまで向上。4月以降は21試合登板で1勝1セーブ、防御率1.27の好成績を残し、7月28日に支配下選手登録を勝ち取った。

