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井岡一翔36歳の左フックでマルティネスが崩れ落ち…“ダウンを奪って敗れた”直後の本音「引退しますと言える感情ではない」現地で見た“意外な表情”
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渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2025/05/12 18:00
WBA王者フェルナンド・マルティネスとの雪辱戦に挑んだ井岡一翔。10回にダウンを奪うも、判定負けを喫した
読み上げられたスコアは114-113、115-112、117-110でいずれもチャンピオンを支持した。好試合だった。そして36歳1カ月の井岡は、国内最高齢での世界王座獲得に失敗した。
「これで引退しますと言える感情ではないですね」
試合後、インタビュースペースに現れた井岡はうなだれるでもなく、さばさばという感じでもなかった。どちらかと言えばすがすがしく、試合の興奮をまだ引きずっているように見えた。判定については次のように語った。
「1ラウンド、1ラウンド全身全霊で戦うような感じで、最後にダウンを取って、負けているという感じでもなかったですけど、熱くなっていたので客観的に見られていないというか。あっという間の12ラウンドで、冷静に勝っていたかどうかという気持ちは分からないです。結果は悔しいですけど、やり切ったという気持ちはあります」
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なぜ負けたのか。シンプルな問いに対する答えはこうだ。
「向き合った感覚しかない(映像を確認していない)ので分からないですけど、見方ですよね。この相手に勝てないとは思わないし、勝てる相手だと思う。でも判定は開いている。なんか不思議な感じです……」
2階級制覇王者、井岡弘樹の甥としてデビューから注目を集め、21歳で初めて世界チャンピオンとなり、以後14年にわたり世界のトップ戦線で戦い続けてきた。キャリア初の連敗、36歳という年齢を考えれば「引退」の二文字を我々は思い浮かべてしまう。そうした周囲の見方を十分理解しながら、井岡は進退に関して口を開いた。
「ここまでやってもういいかとか、これで引退しますと今みなさんの前で言える感情ではないですね。この試合に向けて楽しめたし、やり切った。それがはたしてボクシング人生をやり切って、ここで引退しますという気持ちかといえば、まったくそうではないです」
肩に力は入っていなかった。このままでは終われないという悲壮感も漂わなかった。もっともっとボクシングの奥深さを知りたい。敗れてなお、そう感じているように見えた。

