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「ギャンブルで生活費を稼ごうとして闇金から借金してた」木村翔が中国の英雄に奇跡の“36年ぶり”大番狂わせ…「あと6分で人生変えてこい!」
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杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byGetty Images
posted2025/05/12 11:03
北京五輪、ロンドン五輪金メダリストとして中国で圧倒的な人気を誇るゾウ・シミン相手に奇跡の勝利を収め、木村翔は人生を一変させた
「僕はそれでも『やらせてほしい』と言いました。それで(2016年11月23日に)大阪まで乗り込んでいったんです。実際、ファイトマネーはもらえなかったですが、ベルトも世界ランクも手に入りました」
ビッグチャンスの到来
ただ、世界ランカーになっても、苦しい生活からは一向に抜け出せなかった。事態が急転したのは、年が明けてから。WBO世界フライ級王者から対戦オファーが届いたのだ。ビッグチャンスである。相手は北京大会、ロンドン大会と五輪2連覇を成し遂げている中国の英雄、ゾウ・シミン。
木村は大一番に備えて、練習に集中するために酒屋の配達バイトをすぐに辞めた。無論、この後に二転三転するとは、誰も思ってもみなかった。世界戦の話は一度立ち消えになり、再び持ち上がってはまた流れた。
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いい加減バイトを再開させ、あきらめかけていると、3度目のオファーが届く。試合は3週間後、場所は中国の上海。目の前に置かれた契約書を見ても、半信半疑だった。
「本当に試合ができるのかなって。ずっと不安でしたよ。ファーストクラスの航空券が届いたときにようやく安心しました。やっと試合ができるぞ、と」
圧倒的不利な完全アウェーの試合
初めて世界戦に挑む木村の世界ランクは13位だったが、試合前には7位まで浮上していた。中国側からすれば、日本人の最も低いランカーを選んだのだろう。賭けのオッズは1対10とも言われ、木村の勝利を予想する者は日本でもほとんどいなかった。実績だけではなく、技術力も雲泥の差があった。完全アウェーのなかで開催された2017年7月28日の試合は、昨日のことのように思い出せる。
「1ラウンドは意外にパンチが当たると思ったんですが、2ラウンドから10ラウンドまでは全然当たらなかった。コーナーに戻るたびにセコンドの有吉会長に『どうしよう』と話していたんです。『ボディだ、ボディで止めないと』と言われても、思い通りにいかなくて。勝ちを確信した瞬間なんて、なかったですね。ゾウ・シミンはすごくうまかったので」
「あと6分で人生を変えてこい」
10ラウンド目が終わった1分間のインターバルだった。二人三脚で歩んできた有吉会長から「あと6分で人生を変えてこい」と背中を押された言葉は、ずっと耳の奥に残っている。泣いて笑っても、あと2ラウンドしかなかった。上海のリングで覚えた不思議な感覚を説明しようとしても、言い表す言葉が見つからない。

