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「日本を狙った」の声も…長野五輪後のルール改正「海外は露骨」「小柄な選手は苦しかった」 船木和喜が痛感した“スキージャンプの欧州中心主義” 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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posted2025/03/04 11:02

「日本を狙った」の声も…長野五輪後のルール改正「海外は露骨」「小柄な選手は苦しかった」 船木和喜が痛感した“スキージャンプの欧州中心主義”<Number Web> photograph by Wataru Sato

今も現役を続ける五輪金メダリスト・船木和喜(49歳)が考える、スキージャンプ界のルール改正

長野五輪での大活躍直後、物議を呼んだルール改正

 日本でのちのちまで関心を呼んだのは、1998-1999シーズンのルール改正の1つだ。スキー板の長さに関するもので、いわゆる「146%ルール」として知られるようになった。それまで「身長+80cm」以内だったスキー板の長さに関する規定が、身長の146%以内に変更されたものだ。

 それによって具体的にどのような変化が起きたか。

 仮に身長168cmと180cmの選手がいるとして、168cmの選手は、従来なら最長248cmのスキー板を用いることができたが、改正後は245cmと短くなった。180cmの選手は従来が260cmであったのに対し、263cmまで可能となった。

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 欧州勢と比べれば日本は相対的に小柄な選手が多かった。

「僕は175cmで、ちょうど境目だったんですよ。それくらいの身長の選手はあまり板の長さが変わらなかった。ただ、僕より大きい選手はもっと長いスキー板を履けるし、下の選手は以前よりスキー板が短くなったんですよ。小柄な日本の選手にとって苦しかったと思いますよ」

 しかも前シーズンにあたる1998年長野五輪で船木がラージヒルと団体の金2つ、ノーマルヒルの銀1つのメダルを獲得、原田雅彦もラージヒルで銅メダルを獲得するなど日本の選手の活躍が目立ったことを受けての改正だった。

「日本を狙った」の声も…船木本人はどう考えたか?

 その後、特に1999-2000シーズンから日本の選手の成績が低迷し、「日本を狙った」という声も上がった。

 146%ルールになったあとも、船木は「このぐらいのルールで差は縮まらないなと思っていました」と語る。

 ただ、飛型点におけるルール改正の影響は大きかった。長野五輪ラージヒルで審判5人全員が飛型点に20点満点をつけたことが象徴するように、「世界一美しい飛型」と言われた船木にとって、飛型点で得点を出せることは大きな武器だった。

 だが「空中姿勢」を採点対象として見なくなったことなどにより、空中での手の動きのぶれなさなど船木が培った技術が点数として反映されなくなり、アドバンテージを失った。

 また、ソルトレイクシティ五輪後のスーツに関するルール改正の影響も大きかったという。

「スーツのメーカーによって全然飛距離が変わってきたりしましたから」

 そして船木は続ける。

「(146%ルールの)前から大きな変更はあったんですよ。スキー板の幅とか厚さとか、スーツとか、細かな金具とか靴の形状とか」

【次ページ】 繰り返されるルール改正に、船木の実感

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