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「覚悟はありました。だからずっと電話が気になっていた」現役ドラフトでロッテ→西武移籍の平沢大河…苦しんだ“甲子園の星”を支えた言葉と「強い想い」
text by
梶原紀章(千葉ロッテ広報)Noriaki Kajiwara
photograph byChiba Lotte Marines
posted2024/12/20 11:05
現役ドラフトでロッテから西武に移籍が決まった平沢
陥った“負のスパイラル”
プロ9年目の今年も苦しいシーズンだった。前年の出塁率は.311。さらにその数字を挙げることでチームに貢献しようと意識した結果、負のスパイラルに陥ってしまった。
「出塁率を考えすぎてしまった結果、低めのボールを見逃すことが増えてしまった。打てるボールも見逃すこともあった」
二軍でも思うように結果を残せず、一軍で打席に立つことなくシーズンを終えた。それでも「一軍に呼ばれたら、こういう仕事をするぞといつも考えながら準備をしていた」。どんな時も気持ちを前に向け続けていられるのは、平沢という選手の最大の魅力だ。オフシーズンに入ってからは、来季に向けて「原点」を意識していた。プロ1年目の二軍戦で超特大のアーチを放ったように、プロ2年目にストレートに狙いを澄まして初本塁打を放ったように、「もう一度、原点に戻って思い切りのいいスイングを取り戻したい」。その決意を固めていた矢先に、人生のターニングポイントが訪れた。
「頑張れよ」先輩が口々に
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現役ドラフト翌日。ZOZOマリンスタジアムに姿を現した平沢に、先輩選手から「頑張れよ」と次々に声がかかった。球場を後にする時、冬の空は気持ちいいほど晴れ渡っていた。
「チャンスだと思っています。心機一転、頑張ります」
その空を見て思い出したのは、やはりファンへの思いだった。
「どこの球場でもどこのファンよりも声量が凄いし、励みになっていた。結果を出して頑張ることで今まで支えてくださった皆様に恩返しがしたいと思います」と口にして、笑顔で思い出の詰まった場所を後にした。
ライオンズでは背番号「39」を背負い、新たな一歩を踏み出す。同学年では柘植世那捕手、平沼翔太内野手が、仙台育英の先輩には松原聖弥外野手もいる。今井達也投手とは栃木で自主トレを一緒に行ったこともある。新しい戦いの地、新たな縁を大事にしながら平沢は次の舞台でも精一杯プレーする。決して忘れ得ぬ東北への想いや大切な言葉、そしてマリーンズファンへの感謝も胸に、「原点」の鋭いスイングを見せるつもりだ。