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北口榛花の偉業「やり投げ金メダル」直後に記者が聞いた“意外な言葉”…「もう頑張れないかもと思うときも」パリの空に“答え”はあったのか?
text by
齋藤裕Yu Saito
photograph byRyosuke Menju/JMPA
posted2024/08/12 11:06
パリ五輪の陸上女子やり投げで金メダルを獲得した北口榛花。フィールド種目で日本人女子選手初となる偉業の裏側で、複雑な思いを抱えていた
金メダル獲得後に語られた“意外な言葉”
6月の日本選手権、優勝を成し遂げながらも、語られた言葉は対照的なものだった。
「やっぱりまだ調子が上がってきてない」
「最近のシーズンでは一番悩んでいる」
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不安に対する答えはシーズンが始まってからも見つかっていなかった。
予選を通過し、迎えたパリ五輪の女子やり投げ決勝。競技場内では走り高跳びなど他種目も行われ、観客の視線が分散している。足をリズミカルに動かし、槍を釣り竿のように右肩上へと振り上げる。深呼吸を行い、水泳を習っていた時から行っているジャンプ10回。目標地点を見つめて走り出す。決まったルーティンを行い、1投目から65mのラインを越える。
65m80cm。
決勝が始まって全体4番目に投じられたビッグスローに、確信を持てない観客から少しどよめきが起きる。結果的にこれが金メダルの記録に。3投目の後、うつ伏せに寝そべりながらカステラを食べる小休憩も、メダルが近づいても他の選手のスローを気にしない様子も普段通りだった。ただ、金メダルを獲った後、テレビ局の取材を終え、雑誌・新聞など紙メディアの報道陣に囲まれると、開口一番こう語った。
「すごくメダルが重く感じる。今季試合とかは勝っていて記録もそんな悪くないんじゃないかとみなさん思われていたかもしれないですけど、自分の中でしっくり来るものが全然なくて。パリに来てからも、予選もあまりいい状態ではないと思っていた。この状態で勝負できるのか、金メダルを穫れるのかと不安があった」
最初に口をついて長く語られたのは、不安だった。愛くるしい表情や普段通りの様子からは窺い知れなかったが、目から溢れ出たのは安堵の涙。不安は最後まで解消されることなく、金メダルによって「解放された」という。そしてこう明かした。
「夢の中では70m投げられていた」
その視線は宙を彷徨っていた。