「王位戦の千日手は12年前にもありまして、今回の立会人の藤井猛九段が羽生王位に挑戦した時、それも第1局で千日手になりました。だから、すごく縁があります。皆さん、今日は千日手になる運命だったと思って諦めてください（笑）」

藤井聡太の弁「仕掛けていく機会を逸してしまった」

　両対局者は、どういった形勢判断で千日手を決断したのか。

　その内幕が明かされたのは、指し直しの決着がついた約5時間半後のことだった。

　勝敗が決した後、主催社の担当者からの質問では、千日手に関する話題も飛んでいる。

　勝者として問われた藤井は、いま終えたばかりの対局ではなく、その数時間前の全く違う盤面に関する記憶をさかのぼって反芻し始めた。「うーん」と呟いて数秒の沈黙があった後、首を少しだけ振り、自らが打開できなかったがゆえの千日手だったことを明かした。

「まあ……こちらが動いていかなくてはいけない将棋だとは思ったんですけど。そうですね……。昼食休憩が明けたあたりから消極的な手が続いて、仕掛けていく機会を逸してしまったという気がしました」

先手番ながら千日手に誘導される形になった藤井聡太王位　©Number Web

　藤井の口からは「消極的」や「機会を逸してしまった」といった反省を含む歯切れの悪い言葉が絞り出されていた。その表情からも、苦渋の選択だったことが窺える。アクセルを踏めなかった結果の千日手だったのだ。

　一方の渡辺にとってみれば、プランが奏功して成立した千日手だったとも言える。担当者から同じ質問を受けると、表情は変わらないものの、先手番の藤井に仕掛けさせなかった展開に一定の感触があったことを口にした。

「うーん、まあ……。（封じ手前の）指し掛けのところは一歩持たれて、ちょっと失敗していると思ったので、まあそうですね。どれだけ待てるかっていう感じかなと思っていたんですけど、はい」

　あらゆる棋士の中で、誰よりも早く局面の打開策を発見し、もっとも果敢に、そして力強くアクセルを踏み込んで来るのが藤井聡太である。誰もが認める作戦巧者である渡辺であっても、その怖さは常に感じていただろう。

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