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「ええっ、マジですか」藤井聡太と渡辺明の王位戦“まさかの千日手”に副立会人も驚き…中継に映らない現地のリアル「先生、戻らなくていいんですか?」
posted2024/07/12 11:03
text by
いしかわごうGo Ishikawa
photograph by
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「ええっ、マジですか」大盤解説会で思わず漏れたホンネ
「ええっ、マジですか。驚いた……」
大盤解説会の壇上に立つ高見泰地七段は、後手番の渡辺明九段が指した72手目にそんな声をあげた。客席を意識した大袈裟なリアクションではなく、棋士としての素直な反応のように見えた。高見の驚きに、中日ホールを埋めていた約600人の将棋ファンは小さくざわめいている。
王位戦は2日制で行われる対局である。
その2日目の午後を迎えても、進行はスローペースのままだった。両者の駒がほとんどと言っていいほどぶつからず、1日目の午後に歩を一つずつ取り合っただけ。時刻は15時半を過ぎていたが、お互いに我慢の手を繰り出し続けて、本格的な戦いが始まらない。局面の均衡が崩れないまま、対局の時間だけが消費されていった。
その72手目、渡辺が4二の地点に下げていた金を再び4三の地点に上げた。局面を進めるのではなく、手順を戻すことを意味している手だ。千日手を視野に入れた候補手の中から、あえてそちらを選んだことに高見は戸惑っていたようだった。
叡王のタイトル獲得経験があり、対局の副立会人を務める明るい青年は「渡辺先生は自分の指した手の意味を繋いでいく棋士」と評していた。言い換えると、どんな戦況でも意味のない手は指さないのが渡辺なのだ。
運などの不確定な要素が介在しない将棋において、渡辺は合理的な思考を突き詰めるトップ棋士としての立ち位置を確立している。だから、たとえ千日手を目指す場合であっても、4三の地点に上がるのは発展性のある銀のはずで、一度引いた金をわざわざ上げる方を選ぶわけがないと、数分前に高見は断言していたのである。