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「オイ、殺されるぞ!」窒息死がよぎった前田日明vsアンドレ・ザ・ジャイアント“伝説の不穏試合”のナゾ…「マエダを殺す」記者が聞いていた声
posted2024/07/11 17:00
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph by
東京スポーツ新聞社
アントニオ猪木が活躍した昭和の新日本プロレスでは、プロレスの枠を越える“不穏試合”がたびたび現出した。その代表的な一戦が1986年4月29日、三重県・津市体育館で行われた前田日明とアンドレ・ザ・ジャイアントの一騎打ちだ。
当時、“外敵”として新日本に参戦していたUWFの若きエース前田日明と、外国人のトップだった“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアント。両者によるシングルマッチというビッグカードながら、やや唐突に組まれたこの試合は、こう着状態が続く不可解な闘いとなった。
試合開始直後からプロレス的な攻防に付き合わず、前田のタックルを押しつぶすとグラウンドでサミングを仕掛け、さらにフルネルソンの体勢から200キロ以上ある全体重をかけるなど危険な攻撃を仕掛けていくアンドレ。それに対し、異変を察知した前田は意を決してアンドレのヒザに危険な蹴りを連発。この蹴りで倒れたアンドレはそのまま起き上がらず、無効試合の裁定が下された。
なぜアンドレがあのような闘いをしたのか、アンドレをけしかけた黒幕が存在するのか――。この伝説的な“セメントマッチ”の真相は、いまだに謎のままとなっている。
その当事者である前田日明と、当日、前田のセコンドに付いた藤原喜明の対談本『アントニオ猪木とUWF』(宝島社刊)より、前田vsアンドレについて語った章を抜粋して掲載する。一体、あの日のリング上で何が起こっていたのか――。
◆◆◆
――新日本とUWFの緊張関係が続く中、アンドレ・ザ・ジャイアント戦が不穏試合となってしまった理由をどう考えていますか?
前田 あれはたぶん(レフェリーのミスター)高橋さんも一枚噛んでたと思うんだよね。
藤原 俺もそっちのほうだと思う。
――高橋さんって、誰かを焚きつけたりする方だったんですか?
前田 よくやるんだよ。遊び半分でね。俺が新弟子の頃から高橋さんがらみの案件がいっぱいあったから。
「あっ、このままじゃアイツ、殺されるぞ」
――たとえばどんなのがあったんですか?
前田 俺が外国人とやるとき、「アイツはシュートボーイで馬鹿だし、空手の黒帯で、不意打ちでパンチやキックを出して相手を大ケガさせるからお前も気をつけたほうがいいぞ」って相手の選手に言ってさ。そうすると相手もいきなりカタく来るじゃん。それで俺もやり返したりするのを見て、高橋さんと(ドン)荒川さんがよろこんでたりするんだよ。
藤原 荒川さんも焚きつけるのはうまかったな。それで荒川さんといちばん仲良かったのが俺だから、よく荒川さんに「焚きつけろ」って言ってたから、その被害者が前田だな(笑)。
前田 えっ、そうなんですか?
藤原 いや、ウソだよ! 冗談に決まってんだろ、お前(笑)。
前田 もう誰を信用したらいいかわからないからさ(笑)。
藤原 でも、アンドレ戦のときは会場の奥のほうから見てたんだけど、様子がおかしいのはすぐわかったからさ。「あっ、このままじゃアイツ、殺されるぞ」と思って、リングサイドに走っていったんだよ。