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「絶対に勝てんな。でも薬師寺の名前が売れる」伝説の一戦“薬師寺保栄vs.辰吉丈一郎”の舞台裏「まさかこんなに売れるとは…立ち見席を刷らないで」
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byAFLO
posted2024/06/13 17:00
1994年12月4日、伝説の「薬師寺保栄対辰吉丈一郎」。中部で視聴率約52%、関東でも約40%を記録した歴史的な一戦だった
「夫が馬鹿みたいなことをやったから。ほら、倍返しでしょ。だから儲からへんの」
定価の2倍を払うからとチケットの回収を呼びかける。だが、払い戻しに来る人はほとんどいなかった。
「松田ジムスタイル」で勝ちをもぎ取った薬師寺
松田ジムの練習生では最年少、中学1年の佐野友樹は会場の異様な雰囲気に圧倒されていた。お祭りのような熱気。殺伐とした応援合戦。声援というより怒号が聞こえた。だが、佐野には役割がある。両手にカウンターを持ち、薬師寺がパンチを放てば右手、当たれば左手も押す。ラウンドごとのパンチ数をテレビとラジオ局の担当者に伝えなくてはならない。
薬師寺の左ジャブが当たる。右ストレートも冴える。一方の辰吉はノーガードで天才的な動きを見せる。どちらが勝っているのか分からない。接戦だった。
「薬師寺さんの基本に忠実なボクシング。あれこそが松田ジムのスタイル。会長もずっと言っていたし、ああいうボクシングをせなあかんと思って見ていました」
最前列の席で観戦する鉱太は「兄ちゃん」と辰吉のど突き合いに興奮した。試合中、ずっと鳥肌が立っていた。
「116対112、114対114、115対114、薬師寺!」
2-0の判定勝ち。会場は一瞬、辰吉ファンからの罵声で不穏な空気に包まれた。しかし、リング中央で辰吉が勝者を抱き上げて称えると、野次はすーっと収まった。
鉱太は試合後、駆け足で控え室へ行った。すると、父が「やったな」という表情をして、握手を求めてきた。こんな父は初めてだ。あらためて思う。すごい試合だったんだなと。世界戦で手伝いをするとお駄賃をくれる。いつもの世界戦では1万円。それがこの日は3万円に増額されていた。
想像を超えるテレビ視聴率「思い出すと腹が立つ」
テレビ視聴率は想像を超えた。関東地区の平均が39.4%(瞬間最高53.4%)、東海地区で52.2%(同65.6%)と名古屋では半数以上が釘付けになっていた。
試合後も余波が続いた。和子の元に、会場から修理代の請求書が届く。観客が興奮したのか、人が入りすぎたのか、立ち見席の下に敷いてあった板が壊れていた。
「勝てたから良かったけど、本当に大変な試合だった。思い出すと腹が立つんです。税務署にも言ったのよ。儲かっていたら、ここにビルが建っているでしょ、ってね」
和子はそう言って、はにかんだ。
あれから30年が経とうとしている。
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