猛牛のささやきBACK NUMBER
日本ハム移籍でもう6勝「バットを持つと輝き増す」山崎福也…オリックス時代の“相棒”が語る「サチさんの素顔」「由伸、宮城へ秘めた思い」
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2024/06/06 11:02
阪神との交流戦では自ら先制のタイムリーを放った
能見さんも「任せたよ」
能見は同じ左腕で、自身がうらやむほどのポテンシャルを持っている山崎のことを気にかけていたが、「能力を使いきれていない。もったいない」といつも辛口だった。
しかしなぜ稲富にこんなLINEが? そう尋ねると稲富は苦笑しながら言った。
「能見さんが引退される時に、『任せたよ』って言われていたので。『福也がダメだったら、稲富が悪いぞ』って」
それだけ周囲も認める信頼関係だったということ。現役時代は山崎との接点は多くなかったというが、2022年にブルペン捕手となり、キャッチボールの相手などを務めるようになってから距離が縮まった。
「フォームの話とか、たまたま僕が聞いたことと、サチさんが考えていることが合って、よく喋ってもらえるようになりました。まあ遊ばれてるみたいな感じだったのかなとは思いますけど(笑)」
密かに抱いていた思い
山崎は優しい人柄で、年下の宮城大弥にいじられるなど投手陣とも仲がよかったが、密かに抱いていた思いを稲富は聞いていた。
「そこはやっぱりどこかライバル視しているところがあったんだと思います。宮城とか年下の選手も、『やっぱりローテーション争いをする1人のピッチャーとして、仲はいいけど、野球ではライバル視してるから』とよく話していました。そこは少し意外だったんですけど。
その点、僕はブルペンキャッチャーだから、そういうの(ライバル意識)がないじゃないですか。だから(心を許せた)というのもあったんじゃないですかね」
山崎はドラフト1位で2015年に入団したが、先発ローテに定着するまでには時間がかかった。ポテンシャルの高さは誰もが認めるところだが、以前は安定感に欠け首脳陣の信頼をなかなか得られなかった。シーズン途中に中継ぎに変わるなど起用法が定まらなかったり、不甲斐ない投球をしてビジターでの試合中に大阪に帰されたこともあった。
大争奪戦の末に…
そんな中、山本由伸(ドジャース)や宮城といった若い選手たちが次々にチャンスをつかみ、先発の柱になっていくのを複雑な思いで見ていたのかもしれない。
それでも、年々体のバランスが向上してフォームから崩れることがなくなり、ストレートの威力が増したことで多彩な変化球もより活きるようになった。昨年は初めて二桁勝利に到達し、11勝5敗で優勝に大きく貢献。持っている能力が結果に反映された。
オフに国内FA権を行使すると、6球団による激しい争奪戦が繰り広げられた。オリックス残留も含めて悩みに悩んだ末、選んだのが日本ハムだった。
昨年11月26日に行われたファンフェスタで挨拶をした際には、「最後の最後まで、悩みました。この前の(優勝)パレードの時だって、本当に熱いご声援をいただき、心がグラグラと、揺れていました」と声を詰まらせた。