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箱根駅伝で2年連続区間賞も「不完全燃焼でした」小松陽平が振り返る「遠かった青学大の背中」「その後の進路」
text by
佐藤俊Shun Sato
photograph byNanae Suzuki
posted2024/05/18 06:01
4年時も箱根駅伝を走り、2年連続で区間賞を獲った小松陽平。しかし、充実感はなかった
「僕は、口では五輪を目指しますとか言葉にしていましたけど、実際は五輪とか世界陸上とかはほとんど考えていませんでした。実力的にも厳しいなと思っていましたし、やりたいことが駅伝だったので、自分が輝ける駅伝をやれるチームでと思ったんです」
チームが他の実業団チームに打診すると、複数から獲得の声が届いた。まだ23歳と若く、東海大の箱根駅伝初優勝の立役者の名声は活きていたのだ。
日立物流に入社を決めた理由
小松が最終的に決めたのは、日立物流(現ロジスティード)だった。決め手のひとつになったのは、プレス工業の時と同じく、指導者だった。
「ロジスティードを選んだのは、条件が合致したことに加え、別府(健至)監督の存在が大きかったです。大学の同期の館澤と西川(雄一朗)は、本来なら日体大に行く予定だったんですけど、別府監督が退任するので東海大に変更したんです。実際、監督と話をして指導への熱心さが伝わってきましたし、信頼していたプレス工業の上岡監督と別府監督が仲が良かったのも大きかった。入社に対して特に支障はなかったので、ここでやらせてもらうと決めました」
2021年1月、小松は日立物流に移籍した。新しい環境で、さらに成長していこうと、大学時代のようにギラギラしたものをたぎらせていた。
<つづく>