チームにメンタルトレーニングの権威を招いて、長期間にわたって選手の性格を分析した時期があった。脳波を計測するなどしてデータを集めた結果、その人物はイチロー氏の数値を見て「ここまで真逆な数字を出せる高校生はいない。1人だけプロ野球選手が混ざっている」と驚きを隠せなかったという。

　高校野球でチームの軸となる選手や主将を務める選手の多くは、指導者への信頼度＝100％、協調性＝90％、自分への自信＝30％、単独性＝40％といった数字が出る。しかし、イチロー氏が突出していた数字は――指導者への信頼度や協調性ではなく、自分への自信だった。倉野監督は「“指導者の前で一生懸命取り組んでいる姿を見せよう”という考えがイチローには全くなかったですね」とほほ笑む。

　頭の中は高校生の時点でプロ野球選手のようだったイチロー氏。ただ、メジャーでの活躍どころか、プロになると想像していた人は周りにいなかった。倉野監督は「体力がなかったので、プロの練習についていけるはずがないと思っていました」と話す。

　周囲の評価とは違い、イチロー氏は自身が成功する未来をはっきりと描いていたようだ。高校3年生の卒業式、倉野監督はオリックスの二軍キャンプから一時的に戻ってきたイチロー氏に「体力がないから大変だろう」と声をかけた。すると、「手を抜くのは僕の方が上手いですよ。プロでやっていけると思います」と自信に満ちていたという。

OBのプレートには「鈴木一朗」の名が　©Jun Aida

山崎武司は100m走日本記録保持者と同じ瞬発力

　高校生離れした数値で倉野監督が思い出すのは、中日・楽天と両リーグで本塁打王に輝いた山崎武司氏。小、中学生の頃、野球の他に相撲や柔道でも全国屈指の選手だった山崎氏のパワーは規格外だった。ある日、運動能力や体力を測定すると、信じられない数字を叩き出した。

　倉野監督は当時の山崎氏について、このように語る。

「足は速くなかったのですが、瞬発力と爆発力が当時の陸上100メートルの日本記録保持者と同等の数字でした。ウエイトトレーニングは一切していなかったにもかかわらず、パワーが飛び抜けていました。その力に頼り過ぎて潜在能力を発揮しきれない面もありましたが、パワーが衰えたプロの晩年は考えて野球するようになって結果が良くなりましたね」

　倉野監督は前任の中村氏と同様、突出した能力や特徴のある選手を型にはめようとしない。そして、才能を開花させるには「出会う力」が不可欠と説く。

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