「あのトレードは、球界としてはやらなきゃいけないトレードだったかもしれない。しかし、ぼくにしてみれば、仲のいい友達相手に投げるわけ。仲良し同士が、何故こうまでキバをむき出しにして向かい合わねばならんのか。そんなにまでしなくたっていいじゃないかと思う気持ちもあるわけです。だから、あのときのぼく自身の寂しさ。それを世の人々にわかってもらいたかった」

　巨大な組織の都合に翻弄されながらも、「あんたらの思い通りにはさせないよ」と腕一本で立ち向かった男の意地。それは、会社で生きるサラリーマンたちにとって、等身大のヒーローそのものだった。だから、大衆は「誰よりも巨人を愛し、憎んだ男」小林繁の投げる一球に熱狂したのである。

＜前編、中編から続く＞

「起死回生：逆転プロ野球人生」（新潮新書）。戦力外通告、飼い殺し、理不尽なトレード……まさかのピンチに追い込まれた、あのプロ野球選手は人生をどう逆転させたのか？ 野茂英雄、栗山英樹、小林繁、矢野燿大らのサバイバルを追う（書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします）