「ファンもマスコミも俺が巨人に勝つたびに大騒ぎをする。世の中が、そんな風に動くのが嫌だった。『あんたら馬鹿か』と思いながら、それでも、俺は巨人に負けたくないと思って必死に投げていたんだ。結局、世間に踊らされていたんだよ、あの年の俺は」

　悲劇の主人公に祭り上げられた反動は必ずどこかでくると覚悟していた。

1980年7月、小林繁の阪神2年目。巨人・江川卓とオールスターで再会し、握手を交わす　©Sankei Shimbun

そして小林は燃え尽きた

　注目され続ける疲れもあり、巨人時代は下戸に近かったが、阪神移籍後はブランデーをあおるように飲んだ。1982年に離婚したことから、派手な女性関係を巨人フロントに嫌がられたと週刊誌に報じられ、本拠地の甲子園では「芸能人！」とヤジを飛ばされたこともあった。

　巨人時代からの連続二ケタ勝利は続いていたが、曲がったままの右ヒジの痛みは慢性化し、年俸も頭打ちで、チームもBクラス常連だ。気がつけば、次第に野球以外の世界に興味が移っていく。思えば、あの22勝の煌めきと引き換えに、小林はほとんど燃え尽きていたのだ。

　移籍2年目に江川との投げ合いに敗れても、尊敬する王が引退してすっかり世代交代した巨人打撃陣にも、もう燃えるような感情は湧き出てこなかった。開幕戦で敬遠サヨナラ暴投の屈辱的なミスも飛び出し、これまでカモにしていた打者にホームランを打たれ、数年前からフォークでごまかしてきた投球スタイルにも限界を感じていた。自らを「技巧派の力投型」と評する小林に、30代のモデルチェンジをしてまで生き延びる気力はもう残っていなかった。

現役最後の年となった1983年。対巨人戦で、帽子を飛ばして力投。1勝目を挙げる小林繁（当時30歳）　©JIJI PRESS

現役引退…「あのときのぼく自身の寂しさ」

　そして、大阪の北新地にクラブと北海道料理の大衆割烹をオープンした1983年、13勝をあげながら、小林は30歳の若さで現役を引退するのだ。野球を嫌いになったわけではないが、もう疲れきっていた。

　通算139勝は、同じく32歳の若さでユニフォームを脱ぐ江川の135勝をわずかに上回っているが、もし、江川が大学卒業後に即巨人入りできていたら、小林とエースの座を争い、西本聖も含めた強力三本柱を形成していたかもしれない。

　“空白の1日”は、ふたりの大投手を有名にしたが、その心を削り、ドラマ性や喧噪と引き換えに選手寿命を縮めてしまった。オレたちは投げるマシーンじゃない。機械的に自分を大阪に飛ばした、読売の上の人たちは現場で汗にまみれる選手の気持ちを分かっているのか……。

　小林は「週刊ベースボール」の山口洋子との対談で、こんな本音を漏らしている。

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