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メジャーリーグPRESSBACK NUMBER
MLB最速で500奪三振に到達も、野茂英雄が口にした「メジャーはそんなに甘くない」…ドジャースの初代日本語通訳が明かす「NOMOフィーバーの裏側」
posted2024/02/24 11:07
text by
佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
Koji Asakura
奥村が見た「妥協しない真摯な姿勢」
奥村氏が野茂の通訳を務めたのはメジャー初年度の1995年から97年の3年間。まさに「NOMOフィーバー」真っ只中の輝かしい時間だった。95年はシーズン通算13勝6敗で、最多奪三振(236)のタイトルを獲得。翌96年は9月17日のロッキーズ戦で初のノーヒットノーランを達成する歓喜の瞬間も味わい、チーム最多の16勝を挙げた。97年には当時のメジャー最速記録で通算500奪三振に到達するなど破竹の勢いで突き進んだ。
奥村氏が3シーズンを共にして感じた右腕の凄みは、いかなる時も気を抜かず妥協しない真摯な姿勢と、その集中力の高さだという。例えばメジャー3年目の97年8月28日、この年から導入されたインターリーグ(交流試合)のオークランド・アスレチックス戦でのことは忘れられない。当時のアスレチックスは黄金期の選手がごっそりと抜け低迷期にあった。試合の1カ月前の7月末には強打者のマーク・マグワイアも放出しており、ドジャースにとっては楽勝のカードに思えた。
「アメリカン・リーグの打者はフォークボールにも慣れていないし、私も軽口のつもりで『ガンガン三振を取るチャンスですよ』なんてことを言ったんです。そうしたら野茂は『思い通りに行っているように見えるかもしれないけど、メジャーはそんなに甘くないんです。どんなチーム相手にも絶対に気を抜いたらダメ。それを毎日痛感しながらやっています』と言っていた。中4日で投げ続けて、気候の変化や移動も大変そうでしたが彼が手を抜くようなところは一度も見なかったです」
三振の数は全く気にしていない
この試合、ドジャースは7-1と完勝した。野茂は8回途中まで投げて被安打4の1失点。三振を9つ奪い、デビューから3年連続となるシーズン200奪三振に到達した。試合後はいつものポーカーフェイスに戻り、「三振の数は全く気にしていない」と振り返った。浮かれることなく淡々と、次の登板に向けた入念な準備をしていたという。